EPISODE:6 万劫の呪い
「磯城様、磯城様!」
命の温もりの失われた磯城の身体が朽ちるように溶け始めた。
泣すがる朔夜の腕の中、肉が溶け、臓物が朽ち、骨が粉のように崩れた。
呆然とする朔夜の頭上で夜刀の声が響いた。
「その男に輪廻の呪詛をかけた」
クククと喉を鳴らす音がした。
「怖い顔をするな。なぁに、ちょっとした余興だ」
夜刀は睨みつける朔夜に、悪びれる風もなく言った。
「俺の使い魔達からその男を護り切れば朔夜、オマエの勝ちだ」
「魂を、円環する魂で余興などと……」
怒りに震える朔夜の声などまるで無視するように夜刀は続けた。
「16の歳から寿命が尽きるまで護り通せ。それが出来れば、次の輪廻まで天上で睦めばいい。出来なければその魂は俺が食らう」
夜刀の纏う黒い霧が嬉しそうに揺れた。
「万劫の間だ。これを繰り返し護り通せば、オマエを諦めてやる。好きな場所で暮らすがいい」
霧の触手が朔夜の頬を撫で、腰に触れた。
肌が粟立つ不快。
「名乗るまでは許そう。ただしこの因縁を話せば、その時も魂を食らう。さあ行け、探せ。もう転生したぞ」
そう告げて夜刀は霧散した。
朔夜と悪意に満ちた笑い声だけをその場に残して。
黄金を敷き詰めたような稲穂が揺れる。
夕陽がそれを更に輝かせ、豊かな実りを祝福した。
集落では子供たちが走り回っていた
その身体に不釣り合いな大声で笑いながら。
棒切れを片手に持った童が尻餅をついた。
前を見ずに駆けて女性の脚にぶつかってしまった。
この辺りでは見ない身なりの女性だった。
痛みよりも驚きと戸惑いが大きくて、つい感情が込み上げてきた。
童が込み上げた感情を暴発させる寸前だった。
(見つけた)
女性は童を優しく抱き上げると「大丈夫?」とあやし始めた。
「ごめんなさい!」
母親らしい女が駆け寄って頭を下げると、童は一瞬名残惜しげに女性を見て「おかぁ」と女の方へ手を伸ばした。
母親に抱かれて遠ざかる童の姿を、しばらく見送り佇む女性の姿があった。
「磯城様……」
女性の呟きを聞く者はいなかった。
うわ言が呻くように老人の唇からこぼれた。
娘が口元に耳を近付けたが、聞き取ることは出来なかった。
老女が手を取り、祈るように頬に当てた。
温もりを失ってゆく指先に、瞳から熱い雫が伝ってゆく。
すすり泣くような嗚咽が病室に沁みていった。
老人の身体から、いくつもの蒼白い光球が立ち上っていた。
誰の目にも触れることの無い光芒は、やがて若い男の姿となった。
男はベッドで眠る抜け殻を一瞥すると、老女と娘の肩を慈しむように抱いた。
そして、窓の外で待つ女に視線を向けた。
男は小さく頷くと、窓を抜けて女の差し出した手を取った。
「朔夜」
朔夜は男の言葉に微笑むと「おかえりなさい、磯城様」と言って、とめどなく溢れる涙を拭うこともしなかった。
磯城は朔夜の肩を強く抱くと、振り返ることなく天へ昇った。
それは朔夜への思い遣りだった。
此岸への想いは此岸に置いてきた。
磯城はいつものようにそうすると、寄り添う朔夜の手を繋いだ。




