EPISODE:68 黄昏
「酷い瘴気ね」
樹海の木々が、禍々しい色の霧に沈んでいた。
この場所へ呼ばれた人たちが遺した思念に、夜刀が影響を与えているのだろう。
私は着物の袖で鼻から口元を覆った。
「何を着ても似合うが、着物が一番朔夜らしいね」
肩の上の磯城様が言った。
場にそぐわない言葉。
私の気負いを解そうと、気遣い。
「術を解いただけですよ。私は常にこの着物です」
その時代や人、場面に合わせてそう見えるようにしているだけ。
制服も、ゴスも......
文乃が知ったら羨ましがるかな。
可愛い服選び、お財布と睨めっこしてたっけ。
つい思い出し笑い——
ちょっと瘴気を吸って噎せてしまった。
「大丈夫かい?」
「平気」
やっぱり緊張感は必要。
あの子たちを救う。
失敗は許されない。
背後で茂みが揺れた。
振り返ると、大きく口を開けた大蛇が飛びかかって来た。
いや、振り向いた時には既に——だった。
太刀の顕現の間に合う間合いではなかった。
大蛇は私の腕を肩まで飲み込んだ。
ううん、飲み込ませた。
大蛇がその毒牙を肩口に突き立てようとする間際、その食道で太刀を顕現させた。
刃が胴を突き破り、太刀が私の手に握られた。
大蛇は予期せぬ激痛に、叫ぶように口を開いた。
私がそのまま腕を引き抜くと、大蛇の腹が大きく裂けた。
のたうつ大蛇が、辺りを赤く染めて暴れ回った。
ひゅうひゅうと空気の漏れる音が、裂けた腹から鳴っていた。
いくつかの木がなぎ倒された。
一斉に鳥たちが飛び立ち、去った。
無秩序に撒き散らされる生臭い鉄の臭いと穢れが、瘴気を濃くしていった。
大蛇は次第にその動きを鈍くしていって、最期に僅かに痙攣して果てた。
瞳から光が失われる寸前、彷徨う視線が何かを求めて探すようだった。
私にはそれが何を意味するかは理解出来なかったが、僅かに憐憫を覚えた。
「本気だな」
「ええ」
磯城様の言葉に短く答えた。
鎌首をもたげた威嚇もなく、背後から襲い掛かって来た大蛇。
私の命だけを狙いと定めた動き。
これは今まで無かった。
磯城様を狙う上で、私が狙われることは当然あった。
だが、今の動きは明確に私を狙っていた。
終わりの始まり——
ううん、そんな使い古された表現より「黄昏ね」口を突いていた。
夜刀の焦りが肌に伝わるようだった。




