EPISODE:65 四柱
五感の全てを遮断した。
景色も、匂いも、感じる全ては妨げだ。
私はただ一点、神代の時代から繋がってきた磯城様との絆だけを追った。
彼と私の魂の真珠を——
応えて、磯城様。
刹那、衝撃のように心臓が脈を打った。
来る!
でもこれは、魂魄?
一瞬の絶望。
磯城様の魂が身体から抜けた理由。
彼の死が脳裏を過ぎった。
大きな影が落ちた。
羽ばたきの音に見上げると鴉が一羽。
違う。
三本足のあれは八咫烏だ。
優雅に舞い降りたその背には、フェルト人形がしがみついていた。
人形はぎこちない動きで、背から降りようとして滑った。
落ちた——
ぽとりと俯せに、アスファルトの上。
心なしか八咫烏もこちらを見ないようにしている気がした。
えっ、磯城様!?
磯城様の美しい、真珠の輝きを放つ魂の色が見えた。
「磯城様!」
両手のひらに乗せて呼び掛けた。
「驚かせてしまったね、朔夜」
磯城様はそう言うと、転んで付いた埃をパンパンと払った。
(可愛い)
緊張感が少し和らいだ。
「彼に助けられた」
磯城様は左右の腕を交互に見ながら続けた。
「大鷲に襲われていた所を、八咫烏に助けられたんだ」
「そうなのですね。ありがとう八咫烏様」
私が頭を下げると、彼は一声鳴いた。
「巨大な大鷲に猛然と切り込む彼は、まさに天の助けだったよ。あちこちボロボロになってしまったけど、こうして会うことができた」
確かに一部が欠けてしまっていた。
「朔夜、さぁ行こう」
フェルトの磯城様は、私の手のひら立つとそう言った。
「その可愛らしいお姿は?」
聞きたくて仕方なかった質問だ。
「犬神人の娘が、移してくれた」
「そう、花音が」
私はよほど複雑な表情を浮かべていたのだろう。
「少年が心配だ。朔夜、八咫烏の後を」
感傷を遮るように、磯城様が口を挟んだ。
一刻を争う。
羽ばたいた八咫烏を私たちは追った。
磯城様を肩に乗せて駆けた。
その先には八咫烏。
「天照大御神が遣わされたのですか?」
正直、驚きしか無かった。
八咫烏は天照大御神の道案内を務めた神鳥。
それが何故?
「素戔嗚尊が天照大御神にお頼み申し下さったのだ」
「素戔嗚尊が!?」
思いもしない名だった。
「今回の件に犬神人の末裔が関わっていると知って、茶々丸のこともあり御尽力下っさった」
「まぁ」
「素戔嗚尊はかつて天叢雲を献上していたから、天照大御神も快く遣わして下さったそうだ」
三貴子の二柱の御力添え。
そして素戔嗚尊と櫛名田比売。
四柱が導いて下さる。
あとは私に出来ることの全てをするだけだ。
私は肩に乗った磯城を見た。
(貴方も居る——)




