EPISODE:64 八咫烏
あの少年は置いて来ても平気だろう。
十六年、共にあったが......
月読命に施して頂いた楔。
それが今生で効果を現したのは、彼の生来の力にも由来するのだろう。
洞窟を飛び出した私は、現状をそう理解していた。
飛べますわ——
そして飛ぶことが出来たのは、あの娘の言葉。
私は今、彼女の言霊の力で飛んでいるに過ぎなかった。
身体の扱いには慣れてきた。
気流を捉えることも、逆らい方も自在だ。
それが油断を生んだ。
大鷲が風を切り裂き、一瞬の降下で私の背面に回った。
影が落ちたと思った刹那には、鋭い爪に捕らえられていた。
人間の傲りだ。
世界は安全だと緩みきった心が招いた危機。
大鷲には私が迂闊な小鳥にでも見えたのだろう。
その爪で、嘴で裂かれてしまえば私は終わる。
打ち捨てられれば、このフェルトが朽ちるまで留まり——
やがて消えるだろう。
朔夜に護られてきた、永劫の刻が終わる。
彼女は泣くだろうか。
怒るだろうか。
呆れるだろうか。
すまない、朔夜。
もう一度、キミの顔が見たい。
諦めかけたその時、猛然と向かう漆黒が見えた。
——鴉だ。
大鷲に挑む鴉など居るものだろうか。
そう思った私の目に三本の足が映った。
信じられない、これは八咫烏だ。
突然の神鳥の出現。
これは偶然ではないだろう。
きっと遣わされたのだ。
でも、誰に?
疑問は尽きなかったが、今は感謝しか無かった。
八咫烏の一撃で、私は強く締め付けられた。
痛覚は無いが、引き裂かれては堪らない。
爪が当たらないよう身を捩らせた。
それに気付いてくれたのだろう。
八咫烏は三本の足で大鷲の爪をこじ開けると、強烈な蹴りを繰り出した。
大鷲もその嘴を八咫烏に突き刺し、噛み付いて応戦した。
八咫烏は更にその首筋に嘴を突き立てた。
まるで重力が無いかのようだった。
宙に留まるように二羽は空中で絡み合い、攻防を繰り返していた。
私はその様子を落下しながら、遠ざかる景色として眺めるしか無かった。
——雌雄は決した。
八咫烏の爪が大鷲の嘴と首を挟み込み、三本目の足で強く頭を蹴った。
一瞬、脳が揺れたのだろう。
大鷲は重力に囚われたように、錐揉みして墜ちて行った。
数秒間の落下。
私は固唾を飲んで見守った。
私の為にあの大鷲が死んでしまうのは悲しい。
そう思った刹那、再び羽ばたくと彼方へ飛び去って行った。
安堵したが、私の方の落下はまだ続いていた。
不意に背中を弾かれた。
杉の枝だ。
どうやら森林の深い場所に入ったようだ。
その後も様々な木々の枝に揉みくちゃにされながら、私は落ちて行った。




