EPISODE:61 離別
「ここは...どこだ」
見回したが暗くてよく分からない。
手足を縛られた状態で転がされていた。
ゴツゴツした岩肌に水が滴り濡れている。
(洞窟だろうか)
最近は朔夜たちとツルんで楽しそうだったから、油断していた。
水滴が滴り落ちる音に混じって、足音が聞こえた。
体勢を変えて音の方に顔を向けると、小さな灯りが揺らいだ。
蝋燭だろう。
小さな灯りは球状に周囲を照らしながら、俺の方へ近付いて来た。
ああ、花音だ。
黒のベルベット生地のドレスを纏った花音が、裾が濡れるのも構わずにかがみ込んだ。
燭台を置くと「痛くない?大丈夫?」と俺の顔を覗き込んだ。
(なんだ、花音の仕業じゃないのか)
そう思ったのも束の間。
「もうすぐ朔夜様が来るはずだから、いたぶるのはそれからだから」
さらりととんでもないことを言った。
「その時までに目を醒まして」
「起きてるよ」
「ええ、起きて......」
花音は俺の頭を膝に乗せた。
ベルベットのドレスは、完全に濡れた地面の上で汚れているはずだ。
花音はそれに構わず、俺の頭を抱えるように覆いかぶさった。
柔らかい感触と甘い香り。
「どうか起きて、磯城様。朔夜様の為に...どうか」
(俺は人質じゃないのか?)
花音の懇願のような祈り。
そして今更の指揮様——
違う。
しき。
違う。
そうだ、磯城。
ああ、月読命。
畏れ多くも畏み申す。
楔は私の魂を留めました。
(少年、私の名は磯城。よくぞ正しくあった)
頭の中で声がグワングワンと鳴った。
「敷島花音よ、礼を言う」
磯城が俺の口で、俺の声で語った。
拘束はいつの間にか解けていた。
どうやら霊力のある者には解けるらしい。
様々な疑問に答えが流れて来る。
便利なウィキペディアだ。
(まずいな、意識を保っていなければ磯城に全部持っていかれる)
「磯城様、こちらに移って頂けますか」
花音が差し出した手を開くと、そこにはフェルトの人形があった。
不格好な手作りの人形。
何かの冗談かと思った。
だが次の瞬間、身体から......もっと奥の芯の方から何かが抜けていった。
懐かしいものを、生まれた時から共にあったものを失ったような気がした。
気付けば俺は泣いていた。
理由は分からない。
とめどなく溢れる涙の向こうで、フェルトが歩いてコケた。
うん、涙はそこで止まった。
「なかなかに動きにくいな」
フェルトに憑依した磯城がくにゃくにゃと立っていた。
どうやら静止が難しいらしい。
「ふふ。磯城様、飛べますわ。朔夜様の所に行ってください」
花音は両手で掬うように磯城を包むと、両腕を高くあげて開いた。
磯城はこちらを振り向きもしないで、洞窟の出口へ飛んで行った。
それを見送った花音がこちらに振り返った。
ゾッとするほど美しい微笑みで俺を見た。
「キミは......これからだよ」




