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比翼の朔夜  作者: 浅見カフカ


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58/78

EPISODE:57 圧

(震えておるのう、夜刀よ。気配を消しても分かるぞえ)

妾は談笑しながら、隣で息を潜める夜刀に語りかけた。

——夜刀は沈黙を続けた。

(ほう。妾はこの場で千々に裂いても構わぬぞ)

(この場では争うつもりは無い)

(それは妾が決めること。祟り神風情が思い上がるなよ)

夜刀は再び黙り込んだ。

これはしくじった。

神格を無視した無礼な振る舞いに、つい苛立ってしまった。

圧をかけ過ぎたか。


「アイスレモンティーでございます」

ビリーはコースターを敷くと、その上にグラスを置いた。

氷が崩れる音がしてストローが揺れた。

輪切りにされたレモンの清涼な酸味が鼻腔を刺激した。

瞬間、夜刀のことなど些末に思えた。

所詮、夜刀などその程度でしかない。

——妾にとっては。

「ビリーさん」

「はい」

踵を返そうとしたビリーが少しよろけた。

「パンケーキくださるかしら」

「はい、かしこまりました」

ビリーは会釈をすると、再び踵を返した。

朔夜たちのケーキを見たのと、レモンの香り。

妾もひとつ所望したくなった。


「三貴子さんって、芸能関係のお仕事ですか?」

花音が、キラキラした視線を妾に向けた。

(芸能?神楽や能か?)

「見るのは好きですけど......」

奉納される舞を見るのは、妾も楽しい。

「そうなんですね。とっても綺麗だから、つい」

なんだこの娘。

なかなかいやつではないか。

「ファンデーションとか、何を使ってるんですか?」

対面する文乃が、身を乗り出して言った。

「特には...」

「ええ!?リアルすっぴんで、こんなに肌の透明感が?」

「うんうん、分かる。隣で見ても肌のキメがレベチなの」

——お前たち、本当は仲良いだろう。

文乃と花音が、基礎化粧品の話で盛り上がり始めた。

白粉おしろいべにと言わなくて良かった。


「三貴子お姉様、ビリーはどう思いますか?」

ずっと黙っていた朔夜が口を開いた。

「一生懸命頑張っているみたいね」

くさびが効き始めている)

「夏休みに入ってすぐ始めたのですよ」

(夜刀が現れたせいですか)

「そうなのね」

(そうじゃ)

他愛の無い会話の裏で、互いの頭の中に直接声を届けた。

「頑張って欲しいわ」

(楽しみです)

「そうね」

(パンケーキまだかな)

「えっ!?」

「あ、いや」

(間違えた)

朔夜が目を丸くしてこちらを見た。

そして口許に手を当てて笑った。

「朔夜ちゃん、どうしたの」

突然笑いだした朔夜に、文乃が戸惑っていた。

「ごめんなさい。ちょっと思い出し笑い」

そう言った朔夜の目は、妾への抗議の視線だった。

もっともそれは冗談のひとつだ。

「三貴子お姉様って、私も呼んで良いですか?」

花音が妾に迫って来た。

「私も良いですか?」

文乃も身を乗り出した。

妾に圧を感じさせるなど、こやつら本当に人の子か?

妾は思わず頷いてしまった。

それを見た朔夜は、また可笑しそうに笑った。



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