EPISODE:57 圧
(震えておるのう、夜刀よ。気配を消しても分かるぞえ)
妾は談笑しながら、隣で息を潜める夜刀に語りかけた。
——夜刀は沈黙を続けた。
(ほう。妾はこの場で千々に裂いても構わぬぞ)
(この場では争うつもりは無い)
(それは妾が決めること。祟り神風情が思い上がるなよ)
夜刀は再び黙り込んだ。
これはしくじった。
神格を無視した無礼な振る舞いに、つい苛立ってしまった。
圧をかけ過ぎたか。
「アイスレモンティーでございます」
ビリーはコースターを敷くと、その上にグラスを置いた。
氷が崩れる音がしてストローが揺れた。
輪切りにされたレモンの清涼な酸味が鼻腔を刺激した。
瞬間、夜刀のことなど些末に思えた。
所詮、夜刀などその程度でしかない。
——妾にとっては。
「ビリーさん」
「はい」
踵を返そうとしたビリーが少しよろけた。
「パンケーキくださるかしら」
「はい、かしこまりました」
ビリーは会釈をすると、再び踵を返した。
朔夜たちのケーキを見たのと、レモンの香り。
妾もひとつ所望したくなった。
「三貴子さんって、芸能関係のお仕事ですか?」
花音が、キラキラした視線を妾に向けた。
(芸能?神楽や能か?)
「見るのは好きですけど......」
奉納される舞を見るのは、妾も楽しい。
「そうなんですね。とっても綺麗だから、つい」
なんだこの娘。
なかなか愛いやつではないか。
「ファンデーションとか、何を使ってるんですか?」
対面する文乃が、身を乗り出して言った。
「特には...」
「ええ!?リアルすっぴんで、こんなに肌の透明感が?」
「うんうん、分かる。隣で見ても肌のキメがレベチなの」
——お前たち、本当は仲良いだろう。
文乃と花音が、基礎化粧品の話で盛り上がり始めた。
白粉と紅と言わなくて良かった。
「三貴子お姉様、ビリーはどう思いますか?」
ずっと黙っていた朔夜が口を開いた。
「一生懸命頑張っているみたいね」
(楔が効き始めている)
「夏休みに入ってすぐ始めたのですよ」
(夜刀が現れたせいですか)
「そうなのね」
(そうじゃ)
他愛の無い会話の裏で、互いの頭の中に直接声を届けた。
「頑張って欲しいわ」
(楽しみです)
「そうね」
(パンケーキまだかな)
「えっ!?」
「あ、いや」
(間違えた)
朔夜が目を丸くしてこちらを見た。
そして口許に手を当てて笑った。
「朔夜ちゃん、どうしたの」
突然笑いだした朔夜に、文乃が戸惑っていた。
「ごめんなさい。ちょっと思い出し笑い」
そう言った朔夜の目は、妾への抗議の視線だった。
もっともそれは冗談のひとつだ。
「三貴子お姉様って、私も呼んで良いですか?」
花音が妾に迫って来た。
「私も良いですか?」
文乃も身を乗り出した。
妾に圧を感じさせるなど、こやつら本当に人の子か?
妾は思わず頷いてしまった。
それを見た朔夜は、また可笑しそうに笑った。




