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比翼の朔夜  作者: 浅見カフカ


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EPISODE:56 望月三貴子として

襦袢を肩から滑らせて足元に落とした。

今日は少々疲れた。

俗世の穢れは勢を削ぐ。

わらわは御池に脚を入れると、清涼な水に身体を預けた。



朔夜が妾を招聘しょうへいした。

......女子会だった。

白昼であれば時間は取れる。

妖魔の力を得た少女にも興味はあった。

そして左腕の夜刀の依代にも。


それにしても昨今の夏は、天照の権勢が強すぎる。

虫すら黙り込むのは流石にやり過ぎだ。

一言......とも思うのだが、へそを曲げるとまた面倒なので黙っている。


さて、何を着ようか。

いつもの十二単衣じゅうにひとえとはいかないだろう。

先だって召し上げた洋装にしようか。

あれなら天照の力も多少は和らぐだろう。

モボとかモガとか言うらしい。

洋装というものは、正直あまり好きにはなれない。

しかし白いものを身に付けると言うのは良い気分だ。


直近で俗世に降りたのは、朔夜の家に行った時だ。

街を歩くというのは久方ぶりだ。

路上に日傘の影が落ちる。

街路樹に、蝉が息を潜めてしがみ付く姿がいじらしい。

天照も一度こうして世俗を見て回れば、むごいことをしている自覚が芽生えるのではないのだろうか。

ただ、街を闊歩するに天気が良いと言うのは実に気分が良い。

その点は癪だが感謝せざるを得ない。


それはさておき、妾の名をどうしたものか。

まさか月読命つくよみのみこととは名乗れぬし......

小気味よく響くミュールの音を聴きながら思案した。

ふと、傘の影に目が留った。

なるほど、これは妙案だ。

満月のように丸い傘の影。

望月を思い浮かべていた。

そして妾は三貴子みはしらのうずのみこ

——望月三貴子もちづきみきこ

良い名を思いついたものだ。

妾は満足して頷くと、朔夜達の待つ喫茶店へと歩みを向けた。


Wyatt&Billy

数台のオートバイが停まっていた。

異国の佇まいを感じる外観。

鎧張りの壁面は、萌葱色に似て異なる淡い緑。

角には大きな出窓があり、そこに見知った顔が見えた。

入口の扉は白く、格子の飾りのついた磨り硝子に『Welcome』と異人達の文字が掲げられていた。


扉を開くと聞き慣れない鈴の音が鳴った。

本坪鈴とはまた違った音色だ。

そのまま妾が中へ入ると、男子おのこたちの無遠慮な視線が一斉に注がれた。

あまりの不快感に戸惑ってしまった。

面倒が過ぎる故、人間相手にいつもの様なことは出来ぬ。

妾にもその程度の自制心はある。

朔夜たちの居場所は既に把握してある。

妾は給仕の案内を待たずに、そのまま向かうことにした。


——なるほど。

四人席、あの少女の左隣が空いていた。

ここに座れということだな、朔夜よ。

「こんにちは。望月三貴子です。朔夜ちゃんに呼ばれて来ちゃったけど......ちょっとみんなよりお姉さんだけど大丈夫かな?」

最後に、はにかんだ微笑みは必須だ。

「敷島花音です。どうぞ」

例の少女は窓側に少しずれて、席を広く空けてくれた。

(妾のしりはそんなに大きくはないぞ)

とも思ったが、単なる気遣いだろう。

「ありがとう」

妾はそう言ってもう一度微笑みかけると、おもむろに腰を下ろした。

ほう——

気配を殺してはいるが、少女の左腕から夜刀を感じた。

依代を宿したか......愚かな娘だ。

「桜井文乃です。文乃って呼んでください」

「私は花音って呼んでくださいね」

文乃に被せるように言った花音が「ミキコさんはどういう字を書くんですか?」と尋ねて来た。

妾はクラッチバッグからスマホを取り出すと『みはしらのうずのみこ』と打ち込んで『三貴子』と文字を見せた。

もちろんこのスマホは見掛けだけのものだ。

電話としての機能など、持ち合わせてはいない。

花音は「ミキコさんで変換出来ない〜」と甘ったるく鼻に掛けた語尾で声を上げた。


給仕が近付く気配に視線を遣ると、朔夜が頷いた。

なるほど、間違い無く磯城だ。

「ビリー、こちら望月さん」

朔夜が妾を紹介したのは良いが、ビリーとは何ぞや。

「望月三貴子です」

朔夜には、後日説明させれば良いか。

妾は一旦飲み込むと、そう名乗った。

「こういう字」

妾の隣でスマホを突き出して、ビリーに画面を見せて言った。

お節介焼きなこの一面を見れば、朔夜の佳き友になったかもしれぬな。

花音には、僅かながら憐憫を感じた。





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