EPISODE:50 比翼
朔夜の手、柔らかかったなぁ。
桜井さん、いい匂いしたなぁ。
帰宅した俺。
自室に籠るとニヤニヤが止まらなかった。
ええ、変態ですよ。
思春期の正しいこじらせ方です。
後夜祭のダンスは伝統行事のひとつだ。
吹奏楽部が特別編成でジャズを演奏する。
そこで生徒たちがパートナーと踊る。
満月の後夜祭で踊ったふたりは永遠に結ばれる——
そんな言い伝えのある今夜。
俺は三人で踊った訳だが......これはノーカンだろうか?
いや、それぞれとふたりで踊った瞬間もあるから有効票に入れたいと思う。
思い返せば朔夜と桜井さんが踊っている時間の方が長かったような......
でもまぁ、綺麗だったなぁ。
月光のスポットライトを浴びたように、二人だけが輝いて見えた。
俺は見蕩れていたんだ。
ムーンライトセレナーデが流れる中、ステージは彼女たちだけのものだった。
静かに流れるメロディ。
肩と腰に回された腕と揺れる黒髪。
会場は深いため息に揺れた。
そして朔夜から桜井さんを渡された俺が、その手を引いてリズムに揺られる。
鼻腔をくすぐる髪の香りが甘い。
引き寄せると俺の胸の高さに顔があった。
(思った以上に小さかったんだな)
照れ隠しにそんなことを思ったりもした。
桜井さんは俺を上目遣いで見ると「守ってくれてありがとう」と背伸びをして囁いた。
照れ隠しも出来ずに俺が赤面したのが合図。
桜井さんは悪戯っぽく笑うと、俺の手を朔夜に渡した。
「何かイイコトでもあったかな」
朔夜は既に悪戯な笑みを浮かべていた。
俺の手を取った朔夜はすぐにその手を離した。
一瞬、何か怒らせたかと思った。
次の瞬間には、そのしなやかな両腕を俺の首に回していた。
驚いて不格好な及び腰になってしまった。
俺は朔夜の腰に手を回すと、強くその身体を引き寄せた。
踊る俺たちの影がまるでひとつの影のように溶けていった。
「まるで比翼のようね」
嬉しそうに影を見つめる朔夜に、俺も嬉しくなっていた。
言葉の意味までは分からなかったが——
何度も思い出しては悶絶出来る。
おかわり無制限の光景。
けれどひとつだけ——
今夜もうひとつ忘れられない言葉。
『身の程も知らずに、神に愛されたからだよ』
あれは夜刀の声だった。
神って誰だ?
それが俺が狙われる理由?
分からない。
神に愛されたって、別段クジ運が強いわけでもない。
特に秀でた天才的な能力があるわけでもない。
神の愛ってなんだ?
そう自問した俺の心臓が脈打った。
トクン、トクン、ドクン。
一瞬、景色が二重に見えた。
ドクン。
まただ。
ドクン。
二重の景色の中に、湖が見えた。
畔に屈む女性の背中。
鏡写しの湖面には、広がる波紋に歪んだ姿があった。
——なんだ?
あの女性は誰だろうか。
俺の記憶であって俺の体験ではない記憶。
また見られるだろうか?




