EPISODE:49 アンビバレントな夜
夜刀が退いた。
これは敷島の力を畏れたからだろうか?
いや、きっと違う。
敷島の攻撃は夜刀には届きすらしなかった。
ならどうして——
そこでハッとした。
「桜井さん!」
俺が大声で呼ぶと、遠く離れた場所で手を振る人影が見えた。
式神も健在で、どうやら彼女の周囲は攻撃に晒されなかったようだ。
俺は、ほっと胸を撫で下ろした。
「凄かったねぇ」
駆けてきた桜井さんの第一声だった。
彼女の肝は意外と座っているようだ。
「あの魔法少女は模擬店のお客さんだよね?」
「朔夜ちゃんも凄く強いのね。ううん、優雅って言うのかな?」
「で、指揮くんは何してたの?」
桜井さんの口が矢継ぎ早に動いた。
そして最後の一言は、俺に致命傷を与えるに十分だった。
少しよろけた俺は、朔夜を探した。
朔夜は先輩と小学生に何かを話していた。
(ああ、これは忘れてもらうんだな)
これは確信だ。
そうするべきだと俺も思った。
あんな記憶は、持つべきじゃない。
ただ——カッコよかったよ、先輩。
ふたりが今日のこのことを忘れても、俺だけは先輩の勇気と優しさを覚えていようと思った。
次に朔夜は桜井さんの元へ。
「なぁに、朔夜ちゃん?顔、近いよ」
頬を赤らめながら、満更でもない様子だった。
「文乃さん。さっき見た全て——誰にも言わないでね」
「約束よ」と言って小指を差し出した。
桜井さんは嬉しそうに頷くと、細くしなやかな小指をからめた。
「なぁ、朔夜」
桜井さんとの距離を横目で確かめると、小声で朔夜を呼んだ。
「桜井さん、覚えてて大丈夫なのか?」
「約束したもの」
俺は肩透かしを食らったようにコケた。
「花音ちゃんも守ってくれたじゃない」と笑顔を見せていた朔夜から表情が消えた。
そして耳元で「短期間で何度も記憶を弄れば廃人よ」と冷たく言った。
壊れた屋台は元には戻らなかった。
敷島が結界の外から干渉したせいのようだ。
焦げ跡や激しい損傷から、落雷と判断された。
それにしてもストーカーから魔女ってジョブチェンジはアリなのか?
アリだとしても、いきなりこの凄まじい力はダメだろ。
式神に息を吹きかけるだけの俺との差が酷すぎる。
だが、その敷島の力さえ及ばない夜刀の底知れなさには背筋走るものがある。
あんな奴と敷島が共闘した時、俺たちに勝機はあるのだろうか?
不意に背中を叩かれた。
桜井さんだった。
隣には朔夜。
ふたりは俺の手を取って「踊ろ」と、グラウンドの中央に引っ張った。
俺はヤジと怒号に送られ迎えられ、ダンス会場に立った。
美女ふたりとモブひとり。
夜刀の襲撃と敷島の介入。
十六夜になりかけのアンビバレントな満月。
ようやく後夜祭が始まった。




