EPISODE:47 夜刀
朔夜が立っていた。
太刀は右手に持ったままだ。
戦った様子も、戦っているようでもなかった。
「朔夜!」
「どうして戻ったの!?桜井さんは?」
やはり俺が戻ることは期待していなかったようだ。
「式神に任せた。俺よりも役立ちそうだったから」
そう言って俺が笑うと「そうね」と一ミリも否定せずに返した。
「でも——ありがとう」
そう言った朔夜の表情を、俺は窺い知ることは出来なかった。
爆ぜるような音と砂塵が巻き起こった。
目の前の朔夜の位置も分からなくなるほど。
何かが地面を這うような音が、地鳴りのように聞こえた。
砂塵の奥に黒い影が見えたと思った瞬間——
俺は横に突き飛ばされた。
そのすぐ脇を鱗の壁が通り過ぎる。
一瞬だけ、赤い目が見えた。
俺を突き飛ばした朔夜は、すぐに立ち上がると鱗の壁に太刀を突き立てた。
壁は動き続け、自ら傷口を広げていった。
鱗が剥がれ、肉が裂けて血が滴り落ちた。
それでも些末なことと言わんばかりに、動きを止めなかった。
大蛇だった。
とてつもなく大きい。
朔夜のつけた傷など厭わないほどに。
「夜刀よ」
「やと?」
「夜の刀——蛇神よ」
朔夜はそう言うと祝詞をあげた。
「ひふみよいむなやここのたり布留部由良由良と布留部」
いつも思う、耳に心地いい響きだと。
言の葉に宿る魂の美しさを、本能に感じた。
スカートのポケットから放たれた複数の式神が、夜刀を追った。
絡み合うように回転しながら飛び立つと、意志を持つように編隊を組んだ。
流れ落ちる血の匂いを辿って、視界の無い砂塵を真っ直ぐに向かって消えていった。
「気をつけて。今までのとは違うわ」
朔夜の声が緊張していた。
「ああ、分かった」
唾を飲み込んだ。
緊張が伝播するようだった。
拳を握る指に力が入った。
戦う術の無い俺は、逃げるしか出来ないが。
それでもきっと何かは出来るはず。
俺は太ももをパンと大きく叩いた。
「えっ、何?気合い?」
朔夜の言葉に頷いて答えた。
脚の微かな震えが止まった。
(いつでも来い!)
逃げの一択だがそう思った。
日が陰ったように思った瞬間だった。
上から蛇の尾が振り下ろされた。
渾身の反応で回避したが、風圧で転がされた。
身体中を打ち付けてあちこちを擦りむいた。
「——っ痛」
起き上がると、朔夜が式神と連携して頭部と切り結んでいた。
「一匹じゃない?」
夜刀は他に数体の大蛇を引き連れていた。
朔夜の太刀が大蛇の喉を裂き、鱗を貫く。
式神達は横や背後から狙う蛇を牽制していた。
不意にこの場に似つかわしくない声を聞いた。
泣き声だ。
子供が泣いている。
周囲を見回すと、屋台の隣に小さな影を二つ見付けた。
小学生くらいの男の子を、男性が抱きかかえていた。
あの型抜きの先輩だ。
マズい。
声に反応した一匹が向かっている。
「ダメだ逃げろ!!」
俺は大声をあげて走り出した。
絶望的に間に合わない。
「逃げろー」
俺の絶叫が周囲に虚しくこだました。




