EPISODE:45 テセウスの船
合唱コンクールの結果は、まぁそんなものだ。
普通に考えて、音楽経験が圧倒的に乏しい俺の指揮だ。
最下位でなかったことが奇跡だ。
改めて思うのは、適当にタクトを振っているわけじゃぁないんだな——と。
後夜祭と呼ばれる最終日。
コンクールが終わった午後からが、実質的な後夜祭になる。
キッチンカーが校庭に並び、商工会の協賛で金魚掬いや射的の屋台も軒を連ねた。
「指揮様、あっちあっち」
朔夜が俺のシャツの袖を引く。
「型抜きじゃないか、懐かしい」
朔夜に「これは何?」と、連れてこられた屋台が型抜きだった。
「この溝を掘って折らないように、中の絵をくり抜くんだ」
比較的簡単な図柄を朔夜に渡した。
カリカリと削り始める。
「くり抜いたらどうするの?」
削りカスに息をかけて吹いた。
「本物の屋台ならお金が貰えるんだけど......」
屋台のおじさんを見遣った。
「学校だからな。キッチンカーや屋台で使える券を進呈するよ」
おじさんは、ニッと歯を見せて笑うと教えてくれた。
朔夜の周りでは小学生達が一心不乱に削っている。
棟方志功もかくやと言わんばかりの集中力だ。
「高校の学園祭に近所の小学生って珍しいですよね」
俺がおじさんにそう言うと「良くぞ聞いた」と別に尋ねたわけでも無いのに教えてくれた。
「あの旧校舎、あるだろ。あれが本校舎だった時代からの伝統なんだ」
おじさんが旧校舎を指差して言った。
昨日、朔夜達と大暴れした旧校舎。
思い出すだけで寒くなった。
「当時はヤンキーや不良達が近隣住民に迷惑をかけていてな」
「ヤンキーって、あのやたら太いズボン穿いてた人達ですか?」
俺がそう言うと、おじさんは苦笑しながら頷いた。
「あまりに度を越してたんだよな。ある地域住民から追放運動が始まったんだ」
「追放ってマジですか?」
「ああ。実際は移転要請って言ってたな。でも実際は追放運動だった」
まさかこんな所で、学校の黒歴史を聞くとは思わなかった。
「ついには区議会でも議案に上がるくらいの、深刻な事案になったんだ」
「でも、何をやったらそうなるんですか?」
「単車や車でアーケードを走ったり、シンナーとかやってラリってるのも居たな」
「うわぁ」
俺は表情に出るくらい引いていた。
「ある日、単車で子供を引っ掛ける事故が起きたんだ。幸い軽傷だったけどな。そこからの追放運動だ」
「自業自得ですね」
「まったくだ」とおじさんが頷いた。
「でもよ、そんな高校の移転先なんて当然無くてな。ああ、これは角が欠けてるからダメだな」
途中、子供が持ってきた型抜きにダメ出ししていた。
子供は残念そうに、次は少し簡単なのをもらって戻った。
「それで全員退学で廃校って話になったんだ」
「穏やかじゃないですね」
「ああ。なんせ軽傷だった子供は地元の名士の子供でね。相手が悪すぎた」
そう言いながら次の子供には50円チケットを渡す。
「でも、廃校にはならなかったんですよね。俺、今こうして生徒ですもん」
俺がそう言うとおじさんは大声で笑った。
ビクッとした子供の数人が失敗した。
「そうだ。だからこの後夜祭が地域住民との交流の場になったんだ。更生するって宣言もしてな」
「......もしかして、おじさんは先輩ですか?」
俺がそう聞くと「おうよ!」と言って腕を組んだ。
そして「ま、進学校に生まれ変わったこの学校と俺が通ってた学校。同じなのは校名だけだけどな」と、照れくさそうに頭をかいた。
「テセウスの船みたいなことを言いますね」
「なんだそれ?後輩達は賢くなっちまったな、まったく」
そう言っておじさんはまた、ニッと笑った。
「指揮様、削れましたよ」
「おっ、彼女か。最近の高校生は美人が多いな」
おじさんは朔夜から型抜きを受け取ると「OK」と言って80円チケットをくれた。
「ありがとうございます」
受け取った朔夜の嬉しそうな顔は、今まで見たものとはまた違った笑顔だった。
——テセウスの船。
俺は自分で言った言葉に引っ掛かりを感じていた。
心臓が強く脈打った。
以前感じた俺の中の違和感。
俺は朔夜にとっての、テセウスの船なのではないだろうか。
じゃぁ、俺は誰だ?
俺は生まれた時から俺自身だ。
......だよな?
いやそこは自信を持つところだ。




