EPISODE:43 メディア
あら......此処はどこかしら?
至福のひとときを過ごした私は、夢見心地で帰路についていた。
おかしいわね、どうして社が?
切妻屋根の縦長の拝殿と入口が見えた。
道迷いをしたと振り返ると、後ろは乳白色の霧に閉ざされていた。
ああ、どなたかのご招待ね。
私が社に向き直ると、玉砂利を踏む音が奥から聞こえてきた。
——踏んでないわ。これは引き摺ってる。
ザザッ、ザザッ。
巫女だ。
黒い布を目に巻いた巫女がふたり、摺り足で近付いて来た。
巫女はまるで見えているように私の前で立ち止まると、恭しく頭を垂れた。
そのまま無言で拝殿の奥を指し示すと踵を返した。
着いて行く以外の選択肢は無さそうね。
私はふたりの後を付いて歩いた。
相変わらず摺り足で歩く彼女たち。
奇妙な轍が玉砂利の上に敷かれてゆく。
拝殿の奥、しばらく歩くとふたりの足が止まった。
——あれ?
違和感を覚えたが、その正体には気付けなかった。
切妻屋根の本殿が現れた。
横長の社の中心にある入口の前に立った。
靴を脱いで脇に揃える。
ひんやりした、それでいて柔らかな木の感覚が靴下越しに伝わった。
巫女は本殿には上がらず脇に控えた。
ズズ...
ズズズ...
——蛇だ。
いや、なんだろう?
角の生えた蛇。
伝承の龍にも似ているけれど違う。
「——ヲロチ」
私の口から零れた言葉を拾うように、二股に分かれた舌がチロチロ伸びた。
そして「聡いな」と言った。
細い黒目が私を値踏みするように睨め付ける。
「度胸もいい」
そう言うと同時に私の腕が締め上げられた。
隠していた爪が晒された。
小さな蛇が腕を這っていたことに、私は全く気付かなかった。
蛇はそのまま私の左腕に巻き付くと、アクセサリーのように固まった。
ミュシャのメディアね。
私はアルフォンス・ミュシャの絵を思い浮かべていた。
「ふふ」
思わず笑みが零れた。
「それをオマエにやろう」
「見返りには何を期待しているの?」
「なぁに」
ヲロチは何かを確かめるように再び舌先を伸ばした。
「磯城を消してくれればいいのさ」
「指揮?」
確かに私にとっても邪魔な男だ。
先日は心をかき乱されてしまった。
「いいわよ。でも貴方は糸を引くだけかしら?男の都合で動くのは好きじゃないわ」
「我は夜刀。汝の左腕には我が身を預けた」
夜刀と名を告げた瞬間——
蛇のブレスレットが、赤く目を光らせて鎌首をもたげた。
「敷島花音よ」
私はそう言って夜刀に背を向けた。
ブレスレットの蛇は数回舌を出すと、再びアクセサリーに戻った。
私はその頭を指先で撫でると、本殿を後にした。
再び目隠し巫女の案内で、境内を歩いた。
拝殿を過ぎた時、私は歩みを止めて振り返った。
——違和感の正体。
拝殿が大社造りで本殿が神明造りだった。
ただ、その混合の意味は私には分からなかった。
いつの間にか霧は晴れ、私はさっきまで歩いていた歩道に居た。
巫女も神社も消えていた。
左腕に蛇だけを残して。




