EPISODE:40 魔女
朔夜が刎ねた首が転がる。
もう胴体は泡立ち消えかかっていた。
首の行方を目で追う俺の視界に、岡田(仮)が入った。
朔夜の式神に四肢を拘束されて立っていた。
岡田(仮)は首を見詰めていた。
「朔夜!!」
俺が叫ぶと朔夜は一瞬で理解した。
右手の太刀が投げ放たれ、妖魔の頭を貫いた。
砂糖菓子のように頭部が崩れると、湯気のように瘴気を放ち溶け始めた。
俺は安堵して息を付くと、朔夜を見遣った。
朔夜はその手に太刀を引き戻して、瘴気の向こうを睨みつけていた。
——間に合わなかった。
俺はその様子に悟った。
それと同時に桜井さんの元へ走った。
瘴気が薄れた向こうに影が揺らいだ。
拘束を解いた......いや、式神を引きちぎった岡田がユラリと歩いていた。
その赤い瞳に狂気を宿して。
「キシャァーーーー」
声なのか悲鳴なのか分からない叫び声。
同時に窓や蛍光灯が割れて、ガラスの雨が降り注いだ。
俺は桜井さんに覆い被さると、背中にそれを受けた。
顔を上げて岡田(仮)見た。
長い髪を無数の弾幕のように朔夜へ放っていた。
朔夜はそれらを掻い潜り躱すと、岡田(仮)を太刀の間合いに捉えた。
「ダメだ朔夜!!」
俺は叫んだ。
あれは元は、ついさっきまで人間だった。
朔夜に人を殺させたくなかった。
朔夜は斜め下から斬り上げようとした腕を止めた。
抜いた太刀をそのまま床に突き刺して蹴りを出す。
明らかにそれは届かない間合い。
岡田(仮)の口元が勝機に歪んだように見えた。
突き出した両手から爪が鋭く伸びた。
朔夜の足裏に向かって一斉に。
——俺のせいだ。
そう思った刹那、朔夜は蹴り出した右脚を折り曲げて太刀の鍔に足を掛けた。
目標を失った爪は床に突き刺さった。
朔夜はその勢いで飛び上がると、岡田(仮)の顎に膝を入れた。
床に刺さった爪の多くが折れ剥がれた。
岡田(仮)はそのまま後ろに倒れ、吹き飛ばされた。
ジャリジャリとガラスの破片を引きずりながら転がり止まった。
制服ブラウスが真っ赤に染まり、紺色のスカートはどす黒く滴っていた。
「オソロイ」
立ち上がった岡田(仮)は、自分のその姿に嬉しそうに呟いた。
そして朔夜の赤いドレスを指した。
その様子に俺は恐怖でも怒りでもなく、憐憫を感じてしまった。
そしてそれだけに、朔夜にやらせる訳にはいかないと思った。
「桜井さん、朔夜と一緒にいてやってくれ」
俺は立ち上がると、そう言って岡田(仮)の元に向かった。
「指揮様、何考えてるの!?」
朔夜の狼狽した声を初めて聞いた気がする。
「いいんだ、朔夜。この子は俺だ」
俺はそう言って岡田(仮)に向き合った。
「オマエ、ジャマ。シキ、ジャマ」
うわ言のように岡田(仮)は繰り返した。
「キミの本当の名前は知らないけれどさ、岡田さん」
俺は殊更優しく、落ち着いて話した。
「俺は朔夜が好きだ。キミと同じだよ。そしてキミと同じく振り向いてはもらえない」
「チガウ、ズルイ。チガウチガウ」
「好きな人の好きをしないか?朔夜はこんなことされて喜ぶかな?」
「ウルサイウルサイウルサイウルサイ」
岡田(仮)が叫ぶ度に髪の毛の切っ先が俺の皮膚を裂いた。
幾条もの傷から血が滲んだ。
「指揮様!!」
朔夜の叫び声と、太刀を構える音が背中に聞こえた。
俺は腕を横に上げてそれを制した。
「今、朔夜はどんな顔してる?やめろよ、もう......」
「ウゥゥゥゥ」
岡田(仮)は唸り声をあげると再び叫んだ。
空気がビリビリと鳴って、傷口に激痛が走った。
次の瞬間、岡田(仮)は霧散するように姿を消した。
まるで魔女のように。
「指揮様!!」
「指揮くん!!」
その声にサムアップでもしてカッコつけたかったけど、膝から力が抜けて俺はへたりこんだ。
きっとまた来るんだろうな。
俺は、そう漠然と予感していた。




