EPISODE:3 永久の朝
「神が人に嫁ぐなど愚かな話じゃないか」
黒い霧が蛇のように鎌首をもたげ朔夜に言った。
「夜刀様、恋とは愚かなことも是とするものなのかもしれませんわ」
朔夜はそうあしらうように言うと背を向けた。
「そう邪険にするな、朔夜」
夜刀の霧がするりと朔夜の身体を抜け、まとわりつくように引き止めた。
「これはどのようなおつもりでしょうか?」
朔夜の嫌悪と怒気を忍ばせた声に夜刀は「ククク」と喉を鳴らすように嗤った。
「なぁに、平たく言えば俺の女になれということだ」
「品の無い物言いをなさるのですね、神ともあろうものが」
朔夜の言葉に霧が身体をじわじわと締め付けた。
「あの、なんと言ったか……そうだ磯城だ」
夜刀の言葉に朔夜の髪が逆立った。
「何をするつもり」
朔夜の瞳に強い光が宿った。
明確な敵意だ。
「つもりも何も、もうコロシタ」
唐突な言葉に理解が一瞬遅れた。
「殺した」
脳の中枢に意味が染み渡ると、そのまま頭の後ろが痺れるような感覚に襲われた。
刹那——朔夜の身体から光が放たれ、黒い霧は文字通り霧散した。
身を翻し夜刀に向かって地面を蹴ろうとした時、夜刀は無造作に何かを放り投げた。
——磯城だった。
鼻と口から流れた血は乾き、開いた瞳孔に光は無かった。
触れた朔夜の指先に伝わる温もりは、既に失われていた。
「磯城様!磯城様!磯城、磯城!!」
抱きかかえ名を呼んだ。
それは絶叫だった。
息が詰まり、目が覚めた。
もう何回……いや何万回、永久に見た夢。
あの日護れなかった磯城を護る。
その為に戦ってきた。
深くついたため息の向こう。
カーテンの隙間から、朝の光が差し込む。
学校まで、あと三時間。
朔夜は静かに髪をまとめた。
もう一度、あの夢を、終わらせるために。
「死なせはしないわ」
誓うように呟いてベッドを出た。




