EPISODE:38 恐怖
目が覚めると同時に意識を切り離した。
その一瞬、岡田(仮)の背中と古ぼけた校舎が見えた。
そこに居るのね——。
私は旧校舎へと向かった。
必ず助けるから。
私は身体を捻った反動で起き上がった。
のろのろと立ち上がろうとする女に、もう一撃お見舞いしたかった。
でもやっぱり恐怖心が勝つ。
私は女に背を向けると旧校舎の廊下を駆け出した。
ギシギシと鳴る廊下が恐怖心煽った。
足がもつれて思うように走れなかった。
「この——」
背中で罵声が聞こえた。
獣の叫び声のようで、何を言っているかは分からなかった。
そうだ、この女がジュースをくれたんだ。
「アリス、可愛かったですぅ」
他校の制服だったけど、女の子だったから無警戒だった。
渡されたりんごジュースを一緒に飲んだ。
紙パックだった。
「朔夜さんがステキだった」とか「山車の上で何を言われたの?」とか、朔夜ちゃんの事ばかり言われた。
そして、急に意識が遠のいた——
知らない男の子からだったら絶対に飲んだりしないし、付いても行かない。
朔夜ちゃんのストーカーだったなんて、想像もしなかった。
ずっと聞かされていた罵声を思い出した。
悪口雑言に嫉妬、そして恋心——
朔夜ちゃんを好きになる気持ち、それだけは分かる気がした。
でも——
「それとこれとは別!!」
私は振り向いて思いっきり引っぱたいた。
バチンと大きな音が響き渡った。
右手がジンジンする。
熱い。
初めて人をぶった。
蹴ったのもさっきが初めてだ。
なんだろう、涙が出てきた。
暴力を怖いと思った。
目の前に崩れるように倒れた女よりも、自分の振るった暴力が怖かった。
「マジこえー!!」
黙っていると恐怖で気が狂いそうだった。
自分が、狩られるだけの野うさぎのような錯覚。
大声で叫ぶことで自我を保てる気がした。
四階の廊下を端まで全力疾走した。
見慣れた一年生のフロアだ。
下りの階段が見えた。
壁を使っての三角飛び——
俺は天井からぶら下がる、非常口のサインにしがみついた。
妖魔が止まれずにそのまま踊り場まで落ちた。
出来れば壁を突き破って外に落ちることを期待したが、やはり外へは見えない壁が阻むようだ。
壁を破れなかった分、大きなダメージを受けたらしい。
痙攣している様子が見えた。
ホッとしたのも束の間。
非常口のサインが、俺の重さと飛びついた衝撃に耐えられずに脱落した。
俺はサインを抱えたまま一緒に落ちて、尻もちをついた。
腰椎から頚椎に、電気が走るような衝撃を受けた。
「ぐぬわぁ」
自分でもよく分からない声が出た。
とにかく離れなくちゃ。
俺は四つん這いでよろよろと動いた。
ようやく痺れが抜けて立てる頃には、背中に元気な咆哮が聞こえた。
どうやら向こうも起きたらしい。
走ると着地の度に腰に痛みが走るが、生きる為には走るしか無かった。
二階まで逃げて、再び廊下を走った。
さすが三年生のフロア、学祭のベテランだ。
台車があった。
我々一年生は資材を手運びしていた。
なるほど、経験とは素晴らしい。
俺は台車を拝借すると、キックボードの要領で廊下を走った。




