EPISODE:31 チェンジ
学祭準備の居残りは、特別に19時まで認められていた。
ただし『事前申請した条件を満たす生徒』となっている。
期末考査で赤点の無い者、半年以内に訓戒以上の処分を受けて居ない者が条件だ。
もちろん俺は居残り可能だ。
テンションがぶち上がる。
やっぱり学祭も楽しいけれど、準備ってのはどうしてこうもワクワクするのだろう。
「指揮くん!」
旧校舎への二階の渡り廊下で声を掛けられた。
振り向くと......マジかよ、知らない生徒だ。
ジャージの色は同学年のライトグレー。
上着を腰に結んで、指定外の黒Tシャツも可愛らしい。
クラスメイトじゃない子にもこの呼び名が浸透しているらしい。
(どうしてくれるんだ、朔夜!)
俺は心で悪態をつきながら平静を装った。
「何?どうしたの」
「ううん、方向が一緒だから声を掛けただけ」
はにかむ様な笑顔が可愛らしい子だ。
「ああ、なんか旧校舎って雰囲気あるもんね」
歩く度に軋む旧校舎の木の廊下や、独特なノイズのある蛍光灯は日常の異物だった。
「やっぱり男子もそう思うんだね」
「この旧校舎の怪談もリアルだしね」
そう言うと「ヤダ、思い出しちゃう」と俺の袖を掴んで来た。
(見たか、朔夜。こういうトコだぞ)
心のガッツポーズ、栄光の瞬間。
「指揮くんは、何をしに旧校舎に?」
「技術室に工具を借りに行くんだ」
「技術?」
小首を傾げる仕草も可愛らしい。
「なんか、かなり大昔ってね——」
「えー、学校で日曜大工みたいなことも教えてたの?ウケる」
そう笑いながら、物珍しそうにキョロキョロと教室を覗いている。
ときおりドアに手を掛けて「やっぱり締まってるね」とイタズラがバレた子供のような顔。
なんですか、この可愛らしい生き物は。
「岡田さんは?」
俺がそう呼び掛けても、はしゃいで聞こえていないみたいだ。
「岡田さん」
何度目かの呼び掛けで、はっとした表情を向けた。
「はしゃいじゃってゴメンね。なぁに、指揮くん。ってか私、名乗ったっけ?」
タッタッタッと駆け戻ってきた。
「ジャージのネームでね。岡田さんは家庭科室に行くの?」
「どうして分かったの!?」
「鍵を借りる時に家庭科室の鍵が無かったから」
「えー、指揮くん探偵さんみたいだね」
岡田さんはそう言って俺に拍手をしてくれた。
「照れるなぁ」
俺はそう言うと言葉を続けた。
「じゃぁ探偵っぽくもうひとつ。どうしてウソの名前で通してるの?」
彼女の周りの空気が冷えた。
「え、何で?呼んだのは指揮くんじゃん。ネーム見たって」
「ウチのジャージ、ネーム入れてないんだよ。岡田は俺が適当に言った名前」
女生徒は、すり足でゆっくり後ずさった。
「じゃぁ偶然。偶然当たったんだよ。凄いなぁ指揮くん」
「......旧校舎に家庭科室は無いんだ。怪談話も存在しない。誰なんだい、キミは?」
「し...きくん、違うよ」
女生徒は更に距離を取るように後ずさる。
「そのジャージ、キミより大きい人のだよね。上着を腰に巻いているのは、腰の折り返しが不自然に盛り上がってるのを隠す為だろ」
「これはママが、成長期だから大きいのって」
腰周りをさすりながら下がり続ける。
俺はため息をつくように、大きく息を吐いてから言った。
「普段そのジャージを履いている子は、キミよりも膝の位置が高いみたいだよ。生地の擦れている場所が違うんだ」
俺は自分の制服の膝に手を当ててから、そこから拳ひとつ分手をずらして見せた。
「志木くん——」
女生徒は何か言いたげに、でもそれを呑み込むと踵を返して駆け出した。
「ダメだ、危な」
無意味な行動でも人は咄嗟に手を伸ばす。
間に合わない距離でも時間でも。
女生徒が振り向き、駆け出した先は階段だった。
全てを言い終わる前に、女生徒は俺の視界から消えた。
(怪我じゃぁ済まないぞ!)
「おい!!」
駆け寄って階段下を覗くと、朔夜に抱きかかえられた女生徒がいた。
放心したような表情で、頬は上気していた。
「なんか、降ってきたわよ」
(色んな意味でそういうとこだよ、朔夜)
「ジャージ泥棒だ」
「なんだ」
そう言うと抱きかかえた手を話した。
ギャンと悲鳴が上がった。
「朔夜、おまっ」
俺が驚いて女生徒を起こそうとすると、手を払われた。
女生徒は自ら立ち上がると「朔夜さんって仰るのね。助けてくれてありがとう」と朔夜の手を握った。
そして脱兎のごとく走り去っていった。
翌日、全校集会が開かれた。
男子生徒のジャージが盗まれたと、教頭が注意喚起を促していた。
(あれ、男子のだったのか)
「どうりで大きいはずだ」
思わずそう呟いて、隣の女子に怪訝な顔をされてしまった。




