EPISODE:30 指揮様
夏休み前の最後にして最大のイベントが来る。
みんな大好き学園祭だ。
ホームルームの会議で、前夜祭の行灯行列は不思議の国のアリスがメインテーマになった。
模擬店はメイドカフェ……だと思って安易に賛成したが、冥土カフェだった。
そして今回の会議で腑に落ちないと言うか、意味が分からない事があった。
それは合唱コンクールの指揮者が、俺になったという事だ。
学外の音楽活動はカラオケ以外に無いという俺が、指揮者に推された。
——そう、朔夜の仕業だ。
委員長がコンクールの振り分けを板書していた。
ピアノ、指揮、ソプラノ、テナー、アルト、バス……
それまで全く興味無さげに窓の外を見ていた朔夜が、突然手を挙げたのだ。
そして俺を指して「指揮!!」と嬉々として推挙した。
その後はいつものアレだ。
俺以外の全員が俺に投票した。
俺はカラヤンと書いたが、全くウケなかったので秘密だ。
そしてここからが意味の分からない話だ。
朔夜が俺の指揮者っぷりを見たかったのだとしよう。
百歩、百五十歩譲って納得出来る。
だが俺を「指揮様」と呼び始めたことは理解の範疇を超えていた。
そしてこれ以来朔夜は用もないのに「指揮様」と、俺を呼ぶようになった。
クラスメイトも面白がって、それを真似るようになった。
その日の放課後、クラスの数人で冥土カフェの材料の買い出しにホムセンに出掛けた。
朔夜を筆頭に顔面偏差値が高い女子は、貞子系の白ワンピやサキュバスコスで接客メイン。
俺らモブ系男子は賑やかしのクリーチャーやモンスターだ。
イケメンはヴァンパイアコスで女性客にアピールするらしい。
「なぁ、朔夜」
「はい、指揮様」
ホームルーム以来、当たりが妙に柔らかい。
「クリーチャーって妖魔とかを参考に出来ないかな」
「おすすめはしないわ」
朔夜はそう言うと眉間に皺を寄せた。
「どうして?いいアイディアだと思ったのにな」
「私がアンティークドールの展示の中に紛れていたら分かる?」
「へ?」
声も顔もかなり間が抜けていたと思う。
あまりに唐突すぎて理解が追いつかなかった。
そして追いついた後に「大した自信だな」と笑った次の瞬間、ホムセンの床が目の前にあった。
バチンという音に皆が振り向いて「指揮様、大丈夫?」「どうした指揮」と口々に駆け寄って来た。
立ち上がった俺が「いやぁ——」と口を開きかけたところで「自分の足につまづいたみたい。ドジな指揮様」と朔夜が制した。
あの瞬間——
俺は足払いをかけられた上に、両膝を後ろから一気に押された。
俺への当たりは何ら変わることはなかった。
客観的に整理する。
朔夜は俺を命に変えても守ろうとしているが、俺に対する好意は無いらしい。
だが特別な存在であることは確かなようだ。
——泣いてもいいかな。




