EPISODE:28 星夜くん
もう死にたい......
何なのあの女。
どうして星夜くんと一緒に居るの?
どうしてバイクの後ろに乗ってるの?
星夜くんに初めて出会ったのは、四月の改札口だった。
第一志望の女子校に合格した私は、桜の香りの中を意気揚々と歩いていた。
通学カバンに舞い落ちた花弁。
春の使者の思わぬ訪れにますます心が踊った。
私は立ち止まって、その薄桃色の花びらを生徒手帳に挟んだ。
今日はきっといい日。
そう思っていた私は次の瞬間には青ざめていた。
——定期券が無い。
親にはモバイルを勧められていたけど、どうしても定期券を持ちたかった。
子供の頃、駅員さんに定期見せて改札を通るお姉さん達に憧れがあった。
えんじ色の定期入れは、定期券を購入してすぐに買いに行った。
家を出る時にはたしかに持っていた。
私は改札口でウロウロして戸惑うことしか出来なかった。
朝の駅は誰もが急いでいる。
他人の人生に関わる時間なんて、誰も持ち合わせてはいない。
そう、星夜くん以外は——
「どうしたの?」
不意に声を掛けられた私は、思わずビクッと身体を強ばらせた。
「あ、いえ。大丈夫、なんでもないです」
助けて欲しい本音と、嬉しかった本心とは真逆の言葉が口を突いてしまった。
「探し物だよね、手伝うよ」
星夜くんはそう言いながら、行き交う人達の足元に屈んでくれた。
「何を無くしたの?」
「て、定期券です。えんじ色の革の定期入れに入ってます」
私は声を上ずらせながら答えた。
「大変だ、早く見つけないとね」
そう言って星夜くんは自販機の下まで覗き込んで探してくれていた。
「いつもはどこにしまっているの?」
星夜くんのその質問に私はハッとなった。
そうだ、生徒手帳!
私は星夜くんに「来る途中で桜の花びらを生徒手帳に挟んだんです」と言った。
星夜くんは「待ってて」と言うと走って行ってしまった。
私は一緒に行くべきか言葉通り待つべきか分からなくて、再びウロウロして戸惑ってしまった。
5分くらいして星夜くんは戻ってきた。
右手にえんじ色の定期入れを大きく振りながら「あったよー」と走って来てくれた。
無関心の人の群れの中、ただ一人だけ私を見て私の為だけに息を弾ませてくれる人。
あの瞬間——
全ての時間が止まって、私の恋が始まった音を聴いたの。
トクントクン。
星夜くんを迎える鐘の音。
熱く火照る頬はきっと桜色。
どうしよう、どうしよう。
きっとこのままじゃ......
恥ずかしくて下を向いたまま受け取った定期券。
「ありがとう」だけはちゃんと言えたけど、目を見ることが出来なかった。
やっと顔を上げた時、星夜くんの背中がラッシュの人混みに消えて行ってしまった。
「星夜くん......」
名前を聞けなかった私は、彼に星夜くんと名前を付けた。
お気に入りのラノベの主人公だ。
とても優しくて素敵な男の子。
星夜くんの名前がぴったりだと思った。
カバンにはフェルトで作った星夜くん人形を下げた。
これでいつも一緒。
それから駅で見掛ける度にドキドキが止まらなくて目で追い掛けた。
目だけじゃ物足りなくて、家までこっそり追い掛けた。
今日こそ言おう、ちゃんとお礼を。
今日こそ好きって伝えよう。
そうして桜が雪のように季節に溶けていって、やがて紫陽花が咲いて、街路樹は新緑を深緑に変えていった。
言えないまま、ある日——
星夜くんを駅で見掛けることが無くなった。




