EPISODE:26 蒼茫
カーテンの隙間から射し込む月明かり。
細く照らされた肌は透き通る程に蒼白く美しい。
月詠はその切れ長の目を朔夜に向けた。
「朔夜、このままだと万劫ではなく永遠よ」
「月詠様、御心を騒がせてしまって申し訳ございません」
「いいのよ。ただ、そろそろ反撃の一手は必要ね」
月詠は朔夜の肩に手を掛けると、耳元に口を寄せた。
「夜刀を倒さなければ終わらないのよ、貴女の悪夢は」
その囁きは朔夜の心に重たく沈んだ。
「夜刀は姿を見せないのです」
「そうね。だから夜刀は引きずり出せばいいわ」
月詠はさらりと言って「あの楔が今の巡りで効けばいいけど」と続けた。
「磯城様が現世に解放されれば、夜刀も現れる」
「ええ。磯城の魂を消すために」
「何故そこまで執着するの」
誰に問うでもなく、朔夜の言葉は疲れを孕んで消えた。
「歪んだ愛情ね」
「こんなものが愛と呼べるのでしょうか」
朔夜は朔夜が磯城に向ける愛情と、磯城から寄せられる愛情——
それらと夜刀の感情が同列に語られるのは、どうしても理解し難かった。
「妬みも憎しみも、愛の形のひとつなのよ。どんなに歪んでいても歪でも、歪曲された感情も相手を強く想う気持ちなの」
月詠はそう言うと、包むように後ろから抱いた。
「私は磯城様を失っても、夜刀を愛することなんてありませんわ」
「でも、憎むでしょ」
「......」
朔夜は沈黙のまま、回された月詠の手を強く握った。
「磯城を殺すだけに飽き足らずこれだけの呪詛。貴女に——朔夜に知って欲しかったのね。夜刀という存在を。たとえそれが憎悪でも自分に気持ちを向けて欲しかった」
「ひどい」
朔夜の声は短く震えていた。
「そうね。夜刀は報いを受けるべき。彼を理解できてもできなくても、決して許されるべきではないわ」
月詠はそう言って朔夜から離れると「難しいかもしれないけれど......」とテーブルに指を這わせた。
そのまま対面に座って「もう夜刀のことは微塵も考えない。貴女の心の全てを磯城に向けるのよ」と言った。
「無関心——ということでしょうか」
「それが一番ね。そして菑の虫を排する時に心は動かないでしょう」
「月詠様......」
朔夜は月詠へ視線を向けた。
そこにはカーテンの隙間から広がった蒼茫だけが静寂に満ちていた。
明星がひときわ冴え冴えと輝いていた。
夜はもうすぐ明ける。




