EPISODE:25 シンクロ
波の音と潮の香りが心地よい。
そう思うのはやはり海が生命の故郷でゆりかごだったからなのだろうか。
折りたたみの小さな椅子に腰をかけて竿を出す。
通る船が小さな漁船から貨物船、タンカーに変わっていく。
海鳥の群れが遠くの海面に群がり降りていた。
きっと魚群が居るのだろうな。
こっちに来てくれればいいのに。
そんな詮無いことをぼんやり考えていた。
海の良いところはそういう所だ。
この広大で果てしない景色を前に小難しいことは必要ない。
俺たちの社会は無駄を省いてきたんじゃなくて、余裕を無くしてきただけなんだろうな。
ヘミングウェイは老人と海をどんな思いで書いたのだろう。
俺の獲物はサメの興味を引くかな。
ふふ。
なんだか可笑しくて笑いが零れた。
もしも誰かに見られたら、ひとりで笑ってるアブナイ奴だ。
幸いにも俺一人。
そう、クーラーボックスには一匹の魚もいない。
正真正銘のぼっちだ。
故に恥ずかしいことなど何も無かった。
俺の釣りのこだわりはエサ釣りということ。
ルアーやフライはやらない。
だって、ソイツにとっての最後の食いものが疑似餌じゃ切ないじゃないか。
俺の来世が魚だったら、せめてエサに釣られたいと思う。
竿先が小さく揺れた。
まだだ、まだつついているだけ。
引いた!
竿先がしなった。
今だ!!
竿を合わせてリールを巻いた。
ん?
軽いぞ——
......まただ。エサだけ取られた。
やっぱりルアーにしてやろうか、この食い逃げ野郎!
今日は随分と魚に遊ばれている。
喰いつきへの合わせがどうにも芳しくない。
だがこのまま飼育係じゃ終われない。
俺は決意も新たに糸を投げ入れた。
その日の昼頃——
俺は朔夜の家のチャイムを鳴らした。
「あら、今開けるわ」
カメラで俺の姿を確認した朔夜の声が、スピーカーから聞こえた。
ドアが開いた。
緩やかな部屋着の朔夜が出てきた。
サテン地のアンバー系のパンツにエクリュのUネックシャツ。
その上に薄手のカーディガンを羽織っていた。
スゥエットじゃないところが、俺の中でポイント高い。
いや——
スゥエットはスゥエットで、シチュエーションによっては悪くない。
ああ、着ぐるみ系も可愛いかも......コホン。
まぁいずれにせよ中学のジャージを部屋着にしている俺とは大違いだ。
俺は全ての妄想と邪念を振り払って玄関に入った。
肩にかけていたクーラーボックスを床に置いて「今日はこんなに魚が獲れたよ」と言った。
おすそ分けがよほど嬉しかったようだ。
朔夜は俺と魚を交互に見て泣いてしまった。
泣くほど魚が好きなら、また今度も持ってこようと思った。




