EPISODE:24 数学・世界史・生物・体育・古文
......される。
......魔に襲わ——
俺の意識はそこで潰えた。
遠くで俺を呼んだのは誰だったのだろう。
でも、もう——
めちゃくちゃ怒られた。
四時間目に体育でマラソン。
昼メシ食べて、五時間目に古文。
これは睡魔に襲われる黄金パターンだ。
「罠だ!陰謀だ!イルミナティだ!」と言ったが、古文の先生の鬼の形相は変わることは無かった。
一時間のペナルティ。
俺の席は教卓の正面になった。
「では、朔夜さん。この源氏物語の作者は誰でしたか?」
指名を受けた朔夜は「タカちゃん」と言ったかと思うと「浮舟の頃のタカちゃんの筆はとってもノってたの」と言い出した。
「朔夜さん、源氏物語の作者ですよ」
先生の顔が引きつっていた。
朔夜はキョトンとした顔で「藤原香子」と言い直した。
隣の席の川村が小声で「紫式部、紫式部」と教えるが丸聞こえだ。
それでも朔夜は全くお構い無しに話を続けた。
「為時様のお嬢様で、タカちゃんは娘にも読みが同じ貴子って名付けたのよね」
なんだか懐かしそうに言う朔夜が怖い。
「旦那さんが随分年上だったんですよ。先立たれた後に未亡人って言われるのがストレスで、それを発散させる為に書いたのが源氏物語だったの。で、それじゃぁ世間体が良くないということで寂しさを紛らわすって事にしたのよね」
今度は先生がキョトンとしていた。
「あ、先生知ってます?ファンレターとかで批評的なことを書かれたら『己が手にて書かばよからまし』って破り捨ててたのよ」
可笑しそうに朔夜は言った。
「あのね、朔夜さん。源氏物語の作者は紫式部なんですよ」
先生が困ったように言った。
「あら、先生。タカちゃんは本名で出したかったの。でも当時の慣習がそれを許さなかったのよね」
朔夜はまるで紫式部の——藤原香子の慣習の不条理への不満を代弁するような口ぶりで言った。
——放課後、俺と朔夜は職員室に呼ばれた。
俺は当然しこたま叱られた。
朔夜は不思議な受け答えについて少し注意を受けていたが、話の大半は『見てきたかのような』考察力や知識の深さをベタ褒めされていた。
ようやく解放された時、俺の手には浮舟の原文があった。
来週の授業までに現代語訳を書けという宿題だった。
瀕死の形相の俺を見た朔夜はやたら嬉しそうだった。
「タカちゃんの最高の筆致を楽しんでね」
そう言って無情にも職員室を出ていった。
(ってか、タカちゃんタカちゃんって友達かよ!)と思ってから「まさか、ね」と俺は独りごちた。
引きつった笑いが口許から零れた。




