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比翼の朔夜  作者: 浅見カフカ


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EPISODE:20 亡き悪童の為のパヴァーヌⅥ

「朔夜様」

朔夜が率いた民草の中からひとり。

女が近づいてきた。

松明たいまつの炎に顔の陰影が揺れた。

知った顔だった。

茶々丸の妻、若菜だ。

若菜は思慮深い女性で、茶々丸と朔夜の芝居にも気付いているのだろうと朔夜は思った。

「彼らをどうまとめましょうか」

ああ、やはり分かっている。

もう自分たちがあの城に、城下に戻れない事を。

そしてこれは迎撃ではなく逃亡だということも。

朔夜は馬を降りると若菜の前に立った。

「まず、全員の髪を集めなさい。そしてそれを私に......」

言いかけて朔夜は大きく目を見開いた。

ダメだ、今泣いてはダメだ。

そうか、だから私は何度もここへ戻ってきたのか。

全てを——運命さだめを理解した瞬間だった。

朔夜の様子を不安気に見る若菜の耳元に、朔夜は顔を寄せた。

「吾子?」

そう言って若菜の腹部にそっと手を置いた。

「はい」

小さく頷いた若菜を、朔夜は思わず抱きしめていた。

——磯城様、ようやくお会い出来ました。

心の中、魂が触れるようにそう呟いた。


半刻ほどして全員の髪が朔夜の元に集められた。

朔夜は馬上から、未だ士気旺盛な群衆に語りかけた。

「茶々丸様からの軍令を伝える。深根城から遠く離れ、そこで再起をはかる為の集落を作れ。老いた者は知恵を、若き者は力を、子供たちは笑顔を持ち寄り未来永劫、彼の地に栄よ」

意味を悟り泣き崩れる者。

理解出来ずに呆然とする者。

それぞれがそれぞれの受け止め方だったが、もう茶々丸は還らないことだけは皆が悟った。

「ここからは若菜が率いる。皆で羽を並べ励め!」

朔夜はそう言って若菜を馬上に引き上げた。

朔夜は馬を降り若菜を見上げた。

お互いが暫し見詰め合うと、若菜は覚悟を決めたように頷いた。

「私に続けー!」

若菜の号令に群衆の呼応が地鳴りのように響き、鳥たちが夜空に一斉に飛び立った。

それを合図に朔夜も深根城へと飛んだ。



「茶々丸様」

朔夜の姿に城詰めの者達が驚きの声をあげた。

「無事に逃げおおせたか」

茶々丸は嬉しそうに朔夜を見た。

「はい。それとひとつ」

朔夜はあえてこう続けた。

「茶々丸様は"父上様"になられましたわ」

目を丸くした茶々丸が朔夜の着物の両袖を、縋るように掴んで「まことか!!」と叫んだ。

それを見た関戸が慌てて「めでたい話ですが、ご世継ぎの件が敵に漏れるといけません」と声を潜めて忠告した。

「諌言耳に痛いな」

茶々丸はそう言うと関戸に「最後まで気苦労をかけたな」と労った。

「さて。朔夜殿が戻られたとはいえ、百人力という話では無いのですな」

関戸はそう言うと朔夜に向き直って尋ねた。

「朔夜は人は斬らんからな」

茶々丸が横からそう言うと「はい」と朔夜が頷いた。

そうして懐から集めた髪を取り出すと、本丸の窓へと歩いた。

そこで両手のひらに乗せ、息を吹きかけ飛ばした。それらは伸び、膨らみながら次々と城下の人々に姿を変えていった。

「なんとこれは」

関戸が信じられない物と者を交互に見た。

そんな関戸に「大芝居には小道具が必要でしょ」と朔夜は笑いかけた。



宗瑞の攻勢は苛烈を極めた。

夜陰に乗じて寡兵で城を攻めた。

城の外の要所には包囲の部隊と遊撃隊。

「やはり戦上手」

関戸は「敵ながら」と舌を巻いた。

そして攻城前から周囲を煙で燻され、森への退路を絶たれていた事を知った。

「天晴、宗瑞だな」

茶々丸の言葉に「ですが殿も先手をを打たれてる」と関戸が楽しげに言った。

もう森も街道も使う者は居ない。

そこに兵を割くかぎりは搦手からめての力も強くはない。

『時間を稼ぐ』

これが茶々丸達の目的である以上、作戦上は勝利だった。

搦手の第一波、第二波を各個に退けた。

茶々丸の軍勢も僅か三百ながら巧妙に戦っていた。

明け方までに宗瑞の手勢は五百は失っていた。

それでも一ノ門すら破れていないことに宗瑞は業を煮やした。

何度目かの伝令の報告に宗瑞は、全軍の突撃を命じた。

本陣以外の全軍三千が、地鳴りを起こして突撃する。

それは近頃群発していた地震を想起させるものだった。

その地震で損傷していた壁の数ヶ所はこの地鳴りで崩れることとなった。

「戦上手は撤回だな。美しくない」

関戸は大軍に潰される自軍の兵の姿を見てそう言った。

「是非も無し」

茶々丸のその言葉は、戦いの終わりを告げるものだった。



茶々丸の自刃に降伏した軍勢は捕らえられ、全員が首をはねられた。

のみならず場内にいた民草の赤ん坊から老人、男女の別なく宗瑞は首をはねた。



処刑には数日を要した。

朔夜が作った髪の民草も役目を果たして、この戦は終わりを迎えた。


「茶々丸様、この大芝居は貴方の勝ちね」

誰が聞くともない朔夜の呟きに夏草がそっと揺れていた。




大きくざわめいた木々の揺れが静まった。

森は再び沈黙し、墓標を撫でるその指が別れを告げるように離れた。


「朔夜、そいつ継母と弟を殺して城主になった悪党ってネットに出てるね」

俺はスマホを片手に軽く言った。

「その後、北条早雲に......うわ、さっきの城跡ってヤバくない?千人の首が晒されたって」

想像して身震いする俺に「歴史なんてね、伝える人間次第でどうとでも解釈されるのよ」と朔夜が言った。

その表情はとても悲しげに見えた。

「でもね、宗瑞がそう思い込むことに意義があったのよ」

朔夜はそう言うと元来た道を駆けて行った。

後を追おうとした俺の視界の端に映った墓標。

そこに屈託の無い笑顔で、朔夜を見送る男の姿を見た気がした。



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