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比翼の朔夜  作者: 浅見カフカ


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2/27

EPISODE:0 プロローグ


朔夜さくや、今日はこんなに魚が穫れたよ」

「まぁ、磯城しき様。病床のお義母さまの滋養にも良いでしょうね」

朔夜は磯城の腰にある魚篭びくを見て嬉しそうに言った。

大漁よりも、磯城が嬉しそうなのが朔夜は何よりも嬉しかった。


神代の昔、神と人はまだ遠くなかった。

神が人を娶り、人が神に嫁ぐことも珍しくはない時代。

朔夜と磯城も、そんな二人だった。


神々すら魅了した美貌の女神、朔夜。

八百万の神々がその手を求めて争う中、朔夜が心を寄せたのは、無力な人間であった。


その睦まじい姿に神々は和み、祝福を与えた。

ただひとりの神を除いては……


「朔夜様、これ磯城のおふくろさんに食わしてやってな」

村の猟師がししの干し肉を差し出して言った。

「まぁ、エド様。ありがとうございます。でも私のことは朔夜で良いですわ」

「いやいや、とんでもねぇ!」

エドは顔の前で大きく手を振った。

「それは磯城の妻として、この村に馴染めてないようで寂しいですわ」

「そうかい?——朔夜……ちゃん、おふくろさんによろしくな」

そう言ったエドに朔夜は嬉しそうに笑って「はい」と言った。


「朔夜ねぇちゃんだ!!」

その声に次々と童が集まり付いて歩いた。

女衆が「ごめんね朔夜ちゃん。しつこかったら引っぱたいてやって」と笑ったり、採れた塩を差し入れたりした。


「今度、甘露煮をお持ちしますね」

朔夜は女衆にそう言って別れた。

元々はお義母さまの為の生命力を込めた甘露だった。

磯城の助言もあって配り始めると、評判の味となった。


干し肉と塩、拾い集めた木の実。

両腕に抱えて家に戻ると、とこでお義母さまが身体を起こしていた。

「お義母さま、具合はよろしいのですか」

「今日は身体が軽い気がするよ」

少しだけ咳き込みながらそう言った。

「背中を拭きましょうね」

朔夜は陽の光で温めておいたぬるま湯を、外から運び入れた。

手ぬぐいを軽く搾ると、優しく背中に当てた。

「あぁ、気持ちいいね」

お義母さまの言葉に嬉しくなる。

「こんな貧しい家にこんなに素敵なお嫁さんが来てくれた。神様に感謝だね」

そう言ったあと「朔夜ちゃんも神様だったね」と言うものだから二人で笑ってしまった。


数多の神が朔夜の歓心を買おうと躍起になった。

美しくも愛らしい朔夜に、誰しもが魅了されていた。

きっと驕っていたのだと、過去を振り返ると朔夜自身が恥ずかしくなる。


そんな煩わしい日々に、朔夜は人里へ降りて水面を眺めていた。

凪の湖水は、朔夜の美しい顔を模して見詰め返していた。

不意に足元の石が崩れた。

波紋が水面の朔夜を醜く変えた。

瞼が下がり、鼻が崩れ輪郭が歪む。

思わず見入り、そして震えた。

そして気づいた。

容姿の美しさを誰よりも気にしていたのが、自分自身だったことを。

その時だった。

「どんな別嬪さんも、いつかはシワだらけだよ」

そう言って現れた男は隣に腰を下ろすと竿を出した。

「では醜くなれば見向きもされないのですか?」

「変わらないものもあると思うな」

男は竿を引くと、取られた餌を付け替えて再び振り入れた。

「それは何でしょうか?」

「魂の色は永久とわの真珠です」

その言葉に朔夜は震えた。

見える世界が鮮やかに色を付けた。

「朔夜と申します。そのお言葉、私の魂の色に刻みましょう」

「磯城だ。柄にもなく気取ってしまったよ」

その照れた笑顔が朔夜の心にいつまでも焼き付いて離れなかった。


あの日、磯城様以外に娶られる未来は想像すら出来ないと思った。


美しい月が星々を従え、夜の玉座に登った。

銀色の光が、寄り添うふたつの影を作る。

「月が綺麗だよ、朔夜」

「そうですね、磯城様」

見上げていた朔夜の肩が僅かに震えた。

磯城は自分の上掛けを、朔夜の肩にそっと掛けた。

そして温もりを分け与えるように、後ろから優しく抱いた。

銀色の光が比翼の影を落とした。

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