EPISODE:18 亡き悪童の為のパヴァーヌⅣ
「これは朔夜姫。随分久しゅうございます」
「不義理をしています。櫛名田比売」
朔夜は恭しく礼をした。
「素戔嗚尊は今居ないの。......だから、堅苦しいのは無しよ」
櫛名田比売はそう言うと柔らかく微笑んだ。
彼女は神に娶られた人間だった。
生贄として魔物に差し出された彼女を素戔嗚尊が助け、娶った。
「磯城様は見つけられた?」
だからこそのこの問いだった。
朔夜は首を振り「まだ」と少し不安気な表情を見せた。
「そう。それは心配でしょう」
櫛名田比売は朔夜を慮るように、憂いを帯びた声と表情で慰めた。
「でも貴女のことですから、今日はそのようなお話でみえた訳では無いのですよね」
朔夜は今、堀越御所で起きていることについて話をした。
「......犬神人」
全てを聞いた櫛名田比売は、失望にも似たため息混じりにその言葉を口にした。
「ええ、私も犬神人が関わっている。または黒幕だと思っています」
朔夜の言葉に櫛名田比売が反応した。
「黒幕だなんて......」
その先、声をひそめたのは肯定からだろう。
「貴女、本気で言ってるの?」
櫛名田比売は一旦席を外し、袱紗を手に戻った。
「犬神人の不始末は素戔嗚尊と私の不徳。貴女にそれを願うのは虫のいい話でしょうが——」
櫛名田比売は袱紗を開いて見せた。
そこには青く澄んだ石が幾つかあった。
「これは、青龍石」
朔夜が驚いて櫛名田比売を見ると、彼女は力強く頷いた。
青龍石は彼らの社でしか採れない破魔の石だった。
「犬神人は不浄を集め清めるのが責務の神官。それが不浄を使ってこのような所業を......」
櫛名田比売はやはり落胆の様子を隠せなかった。
「私に任せてください。全てを救うことは叶わないと思いますが、収めて参ります」
朔夜はそう言って青龍石を受け取った。
両手のひらの上で青く輝く半透明の石に、朔夜は命の波動のような響きを感じた。
一礼して背を向けた朔夜を櫛名田比売が呼び止めた。
「朔夜姫。茶々丸に執着しているようですが、磯城様と関係があるのですか?」
その問い掛けに朔夜は首を振った。
「磯城様の気配も魂の色も見えません。ただ——國々を巡ると、何故か幾度も彼の地へ導かれるのです」
「そうでしたか。神も人も、綯われた縄のように運命の螺旋にあるのかもしれませんね」
そう言うと、今度は櫛名田比売が深々と一礼をして朔夜を見送った。
数を頼りに襲いかかる亡者達の群れに、式神達も疲弊していた。
亡者達の群れは朽ちかけた身体をぎこちなく動かして迫ってくる。
骨だけの者、まだ皮膚や頭皮が残っている者、腐りかけた肉が汁を垂らしながらぶら下がっている者......
「犬神人はここに地獄を作るつもりか」
包囲の中心に現れた朔夜はそう吐き捨てるように言うと、青龍石のひとつを天に投げた。
石はそのまま自ら天に昇るように空高く上がると、次第に輝きが青白く棚引いた。
棚引く輝きは龍に姿を変え、夜空にその威容を見せた。
「まさに青龍の顕現ね」
真下で朔夜が眩しそうに見上げた。
青龍が咆哮を轟かすと、その音の衝撃で亡者達の多くが崩れ土に消えていった。
残った者も青龍から放たれた光が流星の様に降り注ぐと、浄化されるように光の中に溶けていった。
「ああ、憐れな魂が彷徨うことなく天に帰れますよう」
全ては犬神人が元凶。
亡者に罪は無かった。
「亡者とは命を失くした者ではない。魂を売り渡した者のことだ」
朔夜の呟きは怒気を孕んでいた。




