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比翼の朔夜  作者: 浅見カフカ


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EPISODE:16 亡き悪童の為のパヴァーヌⅡ

「また来たのか、朔夜」

言葉とは違って何処か嬉しそうに茶々丸は言った。

「今日が元服と聞いて祝詞をと思いました」

格子から差し込む満月がふたりを照らしていた。

「元服はしたが余には名乗る名が無い。茶々丸のままだ」

茶々丸はかび臭い地下牢の土間に胡座をかいた。

「では今日より朔夜は、茶々丸様と呼びましょう」

朔夜は恭しく頭を下げ改めて「茶々丸様」と言った。

「ふははははは!そう言えば呼び捨てだったなぁ」

茶々丸は大きな声で笑った。

「はい。男子おのこが元服すれば、それは立派な殿方。呼び捨てとはいきませぬ」

「ならば幼名のまま元服して、余は天下の悪童となろうぞ」

「では茶々丸様。悪童の手始めは、いかがなさいますか?」

「決まっておろう」

茶々丸は格子から見える月に手を伸ばした。

そして握りつぶすように拳を作った。


「朔夜は人殺しは致しませぬよ」

「ああ、人外の継母と魂を喰われた弟を......いや、弟は俺が」

「では」

そう言うと朔夜は内側からかんぬきを外した。

「その妖術は陰陽道なのか」

「茶々丸様が知るべきものではありませんわ」

「分かった。詮索はやめよう」

扉の軋む音が、地下の暗闇に染み渡るように消えていく。

「まずは武器の調達だ」

声を潜める茶々丸に、朔夜は小さく頷いた。


暗闇の廊下の先が仄明るく見えてきた。

この先には番兵が立っているはずだ。

「さて......」

思案に足を止めた茶々丸の横を朔夜が過ぎていく。

「待て、ここは慎重に」

慌てる茶々丸の声が朔夜に届いた時には、既に全てが遅かった。


「ご苦労さま。武器をくださる?」

朔夜が誰かと話をしている。

「何を馬鹿な」

聞こえる声に茶々丸は動揺を隠せなかった。

明かりの元に飛び出し、番兵に素手で襲いかかろうとした。

そこで見たものは、朔夜が槍と刀を受け取るところだった。

「ありがとう。では貴方は一番鶏一番鶏が鳴くまでそこでお休みなさい」

番兵は糸が切れた操り人形のように、その場に崩れ寝息を立て始めた。

「敵には回したくないものだな、朔夜」

あまりの光景に茶々丸は心からそう言った。

茶々丸は受け取った槍を頭上でくるくると回した。そこから連続の突きから薙ぎ払いと、短い演武を見せた。

「見事ですわ、茶々丸様」

そう言われ満更でもない表情で茶々丸は「行くぞ」と、十数年ぶりに月明かりの下に立った。

「頭上に仰ぎ見たのはいつ以来か......蒼月よ、貴様も息災だったか」と茶々丸は笑った。


「さて、朔夜よ。本丸へと向かうか」

茶々丸は槍の柄を地面に突き立てると、蒼月が照らす御所を睨みつけた。


堀越御所——

ここはかつて父が城館として建てたものだった。

今は奪われたものの象徴。

異変に気付いた兵達が、その城館から蜂の群れのように躍り出て来た。


「うははは、一気に囲まれたぞ」

窮地にもかかわらず茶々丸は楽しげだった。

朔夜と背中合わせで包囲の中心に居た。

「茶々丸様。皆、正気を失ってございます。継母上様ははうえさまの傀儡かと」

「それは『殺すな』という意味か」

茶々丸は眉をひそめた。

「悪童と悪鬼は異なるものですわ」

そう言って笑う朔夜に「天下の悪童の名、ここに広めようぞ」とニヤリと返して槍のしのぎを引き抜き、捨てた。

——ドスっ。

その音を合図に茶々丸は駆けた。

館に入口に向かっての最短。

刀身の無い槍先での連撃は、立ちはだかる兵の人中を確実に捉え数人を昏倒させた。

だがそれで十分。

兵達が次々と昏倒した兵につまづき将棋倒しを起こした。

そこを越えてなお襲いかかる傀儡に強烈な薙ぎが払われた。

「ふふ、悪童でも悪鬼でもない。鬼神ですわ」

朔夜は茶々丸の獅子奮迅の戦いぶりに笑みを浮かべると、自らも刀を顕現させ蒼白い炎を纏った刃を振るった。

刃が触れた兵たちは次々と崩れ昏倒していった。

兵の繰り出す槍の鎬を薄布一枚の見切りでかわした。

袈裟斬りにしようと振り下ろされた刀の峰に右足を乗せるとそのまま駆け上がり——跳んだ。

蒼月を背に背面での宙返り。

翻筋斗ほんきんとんとは!」

茶々丸の口から感嘆が上がった。

「まるで女神じゃ」

月の後光を背負って降臨する姿に、茶々丸は朔夜のまことを見たような気がした。

「ひふみよいむなやここのたり布留部由良由良ふるべゆらやら布留部ふるべ

涼やかに澄んだ声が夜に沁みた。

次の瞬間、宙を舞う朔夜が両腕を広げた。

流星のような光が礫となって四方へ注いだ。

射抜かれた兵たちの崩れ倒れる音が幾重にも重なり、空気を震わす轟音となった。

「茶々丸様!」

降り立った朔夜の声に、一瞬見惚れていた茶々丸が我に返った。

そうして頷くと城館へと駆けて行った。


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