EPISODE:14 キラーパスと決定力
「あらぁ、えらい別嬪さんだねぇ」
民宿のお婆さんが朔夜を見て褒めちぎっていた。
「最近の若い子はアレだって言うのに、お客さんは指先の所作まで.......」
アレが何だかよく分からないが、俺はとにかく部屋の鍵が欲しかった。
朔夜は俺の隣で上品に微笑んでいた。
お婆さんはひとしきり褒めて満足すると、ようやく鍵をふたつ渡してくれた。
「襖を開けちゃえばひとつの部屋だから」
お婆様は俺の耳元でそう囁いて、カウンターの奥へ消えた。
最後にサムアップをして。
「やっぱり魚かなぁ」
本当はソロキャンで肉を焼こうと思っていた。
それが今は朔夜とふたりで海辺の街を歩いている。
すれ違う人のほとんどが振り返った。
何だかよく分からない自信が湧いてきた。
(俺がリードしなくちゃ)
「朔夜は苦手はあるかい?」
「そうね。倒した後に汚水を撒き散らす妖魔がキライね」
「きっと言うと思ったよ」
「なんかムカつく」
俺たちはそんな風に話して笑って、美味しそうなお店を探して歩いた。
「美味しい!!」
朔夜が頬を押さえた。
どのお刺身を取ったのだろう?
俺は思い切って舟盛りを頼んだ。
括弧書きで十種盛りとあったので思いきってみた。
蕩けそうな朔夜の表情に、俺の財布の全渋沢がガッツポーズを取った。
俺も近かったイカをつまんだ。
ワサビを溶いた醤油に端の方を付けた。
透明な身が紫に染まる。
このワサビも溶いた瞬間に醤油の香りを孕み、鮮烈な刺激と爽やかさを鼻腔に運んだ。
滴る醤油を一旦白米で受け、イカを口に運ぶ。
イカの甘みと醤油の複雑な塩味、そしてワサビの辛味が鼻から抜けた。
「美味い」
思わず声が出てしまった。
ねっとりしながらもプツンと切れる歯触り......
「ねぇ」
「——ねぇ」
「——ねぇ、ちょっと」
朔夜の少し大きな声にビクッとなった。
「何?」
「何じゃなくて『思わず声が出てしまった』じゃないわよ。ぜ・ん・ぶ、声に出てるわよ」
「え、嘘」
顔が熱くなった。
「テレビの見すぎよ、恥ずかしい」
朔夜の呆れ果てた表情に俺は肩をすくませて俯いた。
食事と散策を終えて民宿に戻った。
フロントのお婆さんから再び鍵を受け取った。
お婆さんは鍵と共に、口の端を上げてアイコンタクトをくれた。
その意味は部屋に戻ってすぐに分かった。
襖は開かれて、布団がピッタリと並べられて敷かれていた。
「いやぁ、まいったねぇ」
ほぼ棒読みで朔夜を見た時には、既に布団は隣の部屋に運ばれていた。
勢いよく閉まる襖の音と俺だけが、部屋に取り残された。
「うん、知ってた」
俺は力なく独りごちた。




