EPISODE:10 月詠
こうして天上の暮らしを迎えるのは何度目か。
私は何度も、何度も、何千年も朔夜に護られ生きてきた。
ここでの暮らしも次の転生まで。
再び全てを忘れて生きるのか……
朔夜だけを世界に残して。
「糸が鳴っておりますぞ」
不意に言われて我に返った。
竿を立てると水面の魚を糸越しに感じた。
水中で縦横無尽に暴れる魚をいなして、その体力を奪う。
やがて竿を引く力が弱ると、岸に寄せて魚篭に入れた。
「ふふ、見事なものですね」
「考えごとしていて、教えて頂かなければ逃すところでした」
拍手をして賞賛をくれた方に私は「ありがとうございます」と頭を下げた。
「大漁ですわね。朔夜殿も喜ばれるでしょう」
礼を述べて頭を上げた私は、慌てて額を地面に擦り付けるように平伏した。
月詠様だった。
世界の半分、夜を支配する月詠様に無礼はなかっただろうか?
「畏れ多くもかしこみかしこみ申し上げます」
「良い良い、磯城よ。其方に会いに来たのだ」
私はその言葉に驚いてつい顔を上げてしまった。
月詠様は顔を上げた私の顎に手を添えた。
そして目の奥を覗き込むと「これは、幾重にも重ねられた呪詛よ」と言った。
「其方は夜刀の言葉の通り、幾星霜の魂の旅を繰り返すこととなるだろう」
私はその事実に改めて落胆した。
「なに、案ずるな。其方は月詠と会ったのだ」
私が月詠様の御言葉の意味が分からずに戸惑っていると「楔は打った。あとは其方の気概次第」と耳元で囁いた。
そして月詠様は、美しさの奥に微かな愉悦を滲ませて笑んだ。
そして「刻の満ち欠けは我が意のまま」と謎掛けのような御信託を残して去って行った。




