お客様は神様でもないし蝿でもない!
観光地でソフトクリームを売るアルバイトをしていると、お客様が蝿に見えてくることがある。
観光バスが前の駐車場に停まった。
おばさんたちが、ぞろぞろと降りてくる。
あのバスが出発する時だ──
あのバスが出発する時、あのひとたちが蝿に変身する。
「ここよー」
「ここがここの名物、『ココミック・ソフトクリーム』よー!」
「どんなのー?」
「ここに来たからには食べてみないとー!」
来た!
ぞろぞろと押し寄せてきた!
「早く早くー!」
「早くしてくれないとバス出ちゃうわよー!」
くるくるくるくる……
くるくるくるくるくるくるくるくる!
私は1人、ソフトクリーム小屋の中、全力でソフトクリームをくるくる巻く! ソフトクリームを巻く戦争だ!
その時! 私のスマートフォンに電話がかかってきた!
チラリと画面を見ると、『小説家になりお編集部』と表示されている。
打ち合わせだ!
きっと今度の書籍化の打ち合わせだ!
これに出ないと『やっぱりなかったことに……』とか、されてしまうかもしれない!
「すみません! ちょっと失礼します!」
私はそう言い、窓をピシャンと閉めた。
「ああっ……!?」
窓の外でおばさんたちが、喚き狂う。
「バス出ちゃう!」
「早くしてよ!」
書籍化とは関係なかった!
担当さんが単にアイデアを思いついたから伝えようとかけてきただけだった!
私は一言断って、電話を切った。
窓を見ると、おばさんたちがワンワンブンブン音を立ててガラスにへばりついている。ぞくりとした。まるで蝿だ!
勇気を出して、笑顔で窓を開けた。
「すみませーん。えっと……」
「ソフトクリーム5個や! 早うしてや!」
一瞬とはいえ失礼なことを思ってしまった。
お客様は蝿じゃない! 早くしないとバスが出てしまうから焦ってるだけだ!
私は全力スピードでソフトクリームを巻いた。全力で、しかし綺麗な渦巻きの形は崩さないように──
電話がまたかかってきた!
画面を見ると、病院からだ!
「すみません! 大切な電話なんで!」
私は窓をピシャリと閉めると、電話に出た。
電話口の男性の声は急いでいた。
『お母様が危篤です! 早くいらしてくださらないと、死に目に会えないかもしれません!』
急いで電話を切ると、急いで店長に連絡した。
『行ってこい! 店は閉めていいから!』
そう言ってくれた。
窓には大勢のおばさんたちが、ガラスに液をつける勢いでへばりついている!
私は窓を少しだけ開けると、言った。
「すみません! 母が危篤なんです! 急ですみませんが、今日はこれで閉店させていただきます!」
おばさんたちが私を罵った。
「あたしのだけでも売っていってやー!」
「何考えとん、あんたー!」
「お客様は神様やで!」
「あんた店員やろ! 人間ちゃうくて店員やろ! 仕事せんかいな!」
ブンブンブンブン唾を飛ばしてくる!
「すみません……っ!」
強引に店を閉めた。
私が駆けつけた1分後、母は息を引き取った。
「最後に顔を見れてよかったわ」
そう言いながら──
私がバイトしていたソフトクリーム・ショップは『食びログ』で叩かれた。
『店員が最悪』
『販売拒否された』
『やる気がない』