ノンフィクション ホラー短編
怪奇現象。
それは、気が付けば身近なものとなっていた。
昨日も今日も眠れる気がせず、睡眠薬を飲んだ。
「こんなもので本当に眠れるのか」
疑心暗鬼のままだが、飲むか朝方まで苦しむかの二択なら、飲む方を選ぶ。
一粒のカプセルが口や喉、胃の粘膜を経て、徐々にその実力を発揮していく。
眠れるはずないと思っていたそのわずか数分後、脳がふわふわと揺れ、魂が上の方へと吸い上げられていくように軽くなる。
世界の輪郭が水彩画のように滲み、意識が心地よく遠のいていく。
その時だった。
「ぇあーー……」
耳元で響いた、低くざらついた女の声。
急激に跳ねる心臓の鼓動と共に目が覚めて意識を取り戻す。
部屋を見回すが、誰もいない。
変わらない部屋の景色と隣で眠る夫の寝息だけがそこにある。
しかし、何かがおかしい。
五月も半ばに入ったというのに部屋の空気が凍るように冷たく感じるのだ。
どれだけ毛布に包まっても骨の芯まで染みる寒気にどう対処しようかと思っていると、とうとう隣の夫も安眠を邪魔され始めたようだった。
夫は今日も、目を閉じたまま日本語でも英語でもない、どこかの国の言語で、そして人間の話し声では使わないような声帯の声を発している。
苦しそうに唸る夫を何度も揺り起こし、ようやく連れ戻す。
夫は「あぁ…ごめん」と呟き、再び眠りにつく。
魔除けにとたくさん育て始めた観葉植物のおかげか、ここ暫く平和な夜を過ごしていたのに…。
先日、寝室に置いたサンスペリアに活力剤を刺したところ、本来、数日あるいは数週間かけてじわじわと減っていくはずの液体が、目を離した数時間で一気に消えていたのだ。
まるで、植物が“喉の渇きを癒すように”飲み干したかのように。
それを目の当たりにして以来、頭の中では『ジョジョの大冒険』のワンシーンがひたすら浮かぶのだ。
「ひょっとして君はスタンド使いなのかい?だから、そんなに喉が渇くのかい…」