7:お昼時には騒がしさをひとつまみ
「お昼一緒にどうですか?」
すぐ近くからはお昼に誘う声が聞こえてくる。
二学期からこんなにも丁寧に誘っていること今日あったことを統合して考えると見なくても誰が言われているのかわかる。
俺はチラッとそっちの方向を見る。
今回誘ったのはどうやら女子らしい。誰かは知らないが違うクラスだ。
わざわざ違うクラスから声がかかるなんて麗菜はすごいな。そこら辺にいたし、男子はわかるが女子まで違うクラスから呼ぶなんて。
「ごめんなさい。私先約があるので」
周りの男子の視線がこっちにきた気がするけど、気のせいだよな。
言っとくけど俺じゃないぞ。そんな話をした記憶は微塵もない。
俺はいつも通り一人で食べることにするよ。
一緒に食べる人といえば涼だが涼は人気者だからいつも他のクラスにも出向いて大勢と食べている。
このクラスにそこまで仲のいい人はいないし他のクラスに行くのはめんどくさい。
「や!」
「おわっ!」
後ろを見ると楓がそこに立っていた。
びっくりさせるなよ。なんでこういつも驚きを与える登場なんだ。
というか本当に転校してたんだ。学校でまだ会ってなかったけど。
楓も改めて見てもかなりの美人だ。絶世の美女と言って遜色ないレベルだと思う。素人目線だけど。
麗菜を見ている限り楓も周りの人が多そうだ。なんなら麗菜よりも多そうだな。
というか楓が来てから明らかに教室の中及び外の人の数が増えた。それと同時に俺に対する視線の量も。
「それじゃあ、行こうか」
「はい」
麗菜は立ち上がる。そして楓の隣についた。
どうやら先約というのは楓のことだったらしい。なんとなくそんな気がしてたけど。
「何してるの?」
「昼ごはん食べようとしてるだけだけど。行かないのか?」
「何言ってるの。君も行くんだよ」
ちょっと何言ってるのかわからないな。
麗菜と楓は約束してたんだろ?俺はそんなのしてないぞ。
強いていえば朝の「また」という言葉だがそれだけで昼を一緒にしようということには捉えられないだろう。
だから俺が一緒に行くなんてことにはならないと思うのだが。
それにそんなことをしたらまたクラスメイトに問い詰められる。
ただでさえ今も周りの視線がこっちに集まってるのに。
「俺は遠慮しとくよ」
「え、晴希さん来ないんですか?」
「ほら行くよ」
楓は俺の手を引っ張る。
「ほら、麗菜も手伝って」
「はい!」
麗菜も俺を引っ張るのを手伝う。俺は前によろけた。
こんな状況じゃ振り払っても結局注目される。
そもそも右手を掴んでる麗菜の力が強くて振り払えないんだけど。
「わかったから、手を離してくれ」
「それでよし」
楓たちは満足そうな顔をしてそのまま歩いていく。手を離さないまま。
「ちょっ、おい」
みんなに見られてるから勘弁してほしいんだけど。
この人たちこんなにも美人なのに自覚ないのか?それともある上でやってるのか?
「おい、頼むから弁当取らせてくれ」
「大丈夫、大丈夫」
楓さん、何を根拠にそんなこと言ってるの?
大丈夫じゃないから俺だけ昼食取れないから。
二人は振り返らずにまっすぐどこかに歩いていく。
人は両手に花なんて思うんだろうが何故だか犬に振り回されてる飼い主の気分だ。
俺の弁当どうしよ。
◆
二人に連れられてきたのは使われていない教室だった。
「なんでここの鍵持ってるんだ?」
「使われてないみたいだから頼んだらもらえたよ」
楓は堂々と告げる。俺は軽くため息を吐いた。
この学校は街の端の方にあるにもかかわらずそこそこ大きい。そのためいくつか使われてない教室があるのだが、使ってないからといって貸してもらえるものなのか?
これが美少女の特権ってやつか?
「それで、話したいのはこれからどうするかって話なんだけど」
「これからってなに?」
「そりゃ、片腕の怪物についてだよ。あれをどうやって対処するかの話をしようと言ってる」
それは確かに教室ではしなくそうな話だな。俺が入るような話なのかと言われれば疑問しか残らないが。
「なんで俺まで?」
「君も何でも屋の一員だから」
「俺は一体いつ入ったんだ?」
やるということは聞いたが俺が入ってるなんて初耳だ。
勝手に入れないでほしい。
というかそれよりも。
「俺はあの件と関わるつもりはないよ」
「・・・・・・どうしてですか?」
少しの沈黙の後に麗菜が尋ねてくる。
「どうしても何もない。俺には戦う力もないし、それにそんな危険なことに首を突っ込むのはごめんだ」
俺には何もできない。それは昨日確かに思い知った。
力もなければそんなことを率先してやるほどお人好しでもない。俺はただ平凡に暮らせればそれでいい。
逃げだ。はっきり言ってこれは逃げだよ。
でも俺は自分から危ないことに行けるほど勇敢じゃない。
俺は戦いたくない。そう思う。
「そういうわけだから俺は戦わない」
「そう。戦いたくないんだ」
楓は俯いて言う。
失望しただろう。英雄だと思って話していたやつがこんなだったんだから。
「そうだ。俺はお前たちが言う英雄じゃない。人違いだ。すまないが探しなおしてくれ」
これで関わってくることもないだろう。これで俺はいつもの生活に戻れる。
「君は・・・・・・」
楓が何か言ったが聞き取れなかった。
どうせ臆病とかそんなことだろう。
なんとでも言えばいい。俺は甘んじてそれを受け入れよう。否定することなどできないから。
「じゃあ、戦わなければいいんだね?」
楓は顔を上げて笑顔で言う。
「え?」
「実はもう色々と依頼が来ててね。能力者がらみじゃなさそうな。それを手伝ってもらえる?」
なんでそうなるんだ?
確かに戦わないと言ったけど、俺は何でも屋にも入ってないと言ってなかったか?
こんなやつは違うところで利用してやろうってことなのか?
「それじゃあ、そういうことで。君のことはまた今度考えよう」
どうして俺に戦わせたがる。俺はそんなことしたくないと言っているのに。
知り合いじゃないと言っているのになんでこうもグイグイくる?
「ご飯食べよう。麗菜もお腹すいたでしょ?」
「はい。もうぺこぺこですよ」
切り替えが早い。ほんとは俺のことどうでもいいんじゃないか?それで構わないけど。
「いただきます」
「いただきます」
俺は今から二人が食べてるところを見る時間が始まるのか。弁当持ってこさせてくれなかったから。
お腹空いたな。帰っていいかな?
「はい」
「何?」
楓は箸で弁当の中身を持ってこっちに差し出してくる。
「何って、はい、あーん」
「どうしてそうなる?」
「ご飯ないんでしょ?分けてあげる」
それはあんたのせいだろって言いたいところだけどそれは黙ってよう。
でもいきなりこれはないだろ。
ついさっきめちゃくちゃ情けないこと言ったやつだぞ俺は。よくしようと思えるな。
楓の中の俺は一体どんなやつなんだ。
「ほら食べてよ。ずっとこうしてるの辛いんだよ?」
「先生美味しいです」
「そう、それはよかった。ほら麗菜もこう言ってるよ」
どうして麗菜の話がここで出てくる?あんまり関係なくないか?
「もしかして麗菜の弁当って」
「はい、先生に作ってもらいました。こんなに美味しいの食べれるなんて私、運がいいですね」
作ってもらったんかい。そりゃ楓に言うわな。
なんで作ってもらったかも気になるけど、今はそれどころじゃなさそうだな。
楓がずっと手を引こうとしない。一定の距離から離れようとしない。なんならだんだん詰めてきてる。
「わかったよ」
楓の顔が一気に明るくなった。
もうほんとに俺はこの人がわからない。何がどうなると俺にそんなことができるんだろうか。
「はい、あーん」
俺は口を開けて放り込まれるのを待った。口の中に箸が入ってくるが料理を離す気配がない。俺は仕方なく口を閉じた。
「どう?」
「・・・・・・美味しいよ」
口の中に入った卵焼きはほのかに甘かった。