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第二章(4)

「キノちゃん、ご機嫌だねー」

 委員会室にやってきた香夜子にご機嫌な和夫がなずなと同じことを言うと、香夜子は弾むような笑顔を見せた。

「少し自信持てた?」

 香夜子はどんな答えをくれるだろうか。わくわくしながら和夫は香夜子の返事を待った。

「自信を持たなくても良いんだってわかりました」

 さっぱりとした顔でそう言った香夜子に和夫は言葉がすぐに出なかった。

 自分だって自信がないことや苦手なことはたくさんある。自分らしく居る為に自分がどうしているのか気付いた和夫は、なんだか照れくさくなって少し俯いて頰を掻いた。

 教えてくれたのが香夜子であることに喜びを覚えたら、胸がいっぱいになった。

「わたし、やっぱり……」

 和夫の反応に自信のない香夜子がまごついた。がっかりさせてしまったかもしれない。

 香夜子のあからさまな勘違いに和夫は慌てたから、息を吸って吐いて言った。

「香夜ちゃんらしくて好いと思うよ」

 和夫の手はやっぱり自然と香夜子の頭に伸びてしまう。

 さっきはキノちゃんと言ったのに突然「香夜ちゃん」と言った和夫をどきどきしながら見つめたら、お日様みたいな笑顔が香夜子の胸を熱くした。

 困った時に和夫のことを思い浮かべると温かい気持ちになって気が解れる。けれども、今の和夫の笑顔は温かいを通り過ぎてしまった。火照る頰の理由を考える余裕は持てないまま、そんな自分に少し困りつつ、香夜子は和夫を見ていた。どうしてか顔を逸らすことが出来ない。

「香夜ちゃん? 顔真っ赤だけれど」

 ついつい香夜子の頭を撫でながら、ついつい香夜ちゃんと呼んでしまっていることなど気付かずに、和夫は不思議そうに指摘した。

 と、やって来たばかりの、副委員長である日向が呆れ半分に言った。

「アリ先輩さー、幾らお気に入りだからって。いきなり名前で呼んだらびっくりするでしょ」

 こくこくと赤い顔で縦に首を振る香夜子の頭の中には、日向の言ったお気に入りという言葉はまるで入ってきていなかった。

 香夜子を撫でてしまうのはまるで無意識。そんな自分の行動の正体に気付いたら嬉しくて、和夫は構わず言った。

「だってさ、名前で呼びたいじゃん?」

 まるでわかりやすい気持ちと行動をあっけらかんと肯定した和夫に、日向は苦笑いを浮かべた。きっと香夜子はわかっていない、気の毒だと。

 好きだと言っているようなものだ。香夜子はその辺が鈍そうだなと日向は見当を付けた。

 和夫はこれからその好きをどうやって香夜子に伝えていくのだろうかと考えると面白い。

「キノちゃん、アリ先輩はいつもこんなだから慣れるというか諦めた方がいいよー」

 日向がそう言ってみたら、まだ顔を紅くしたまま香夜子が困ったような苦笑いを漂わせた。

 一応助け舟のつもりだろう日向の言葉に和夫は思った。もう少し増しな言い方があるだろうに。けれども自分の気持ちも日向の細やかな気遣いも楽しい。まるで日向らしい物言いだから愉快な気分になった。

 和夫はなにに対しても楽しむことを忘れない。無意識の行動でも、和夫の中にはきちんとした理由や責任が存在している。もちろん、まるで無意識に接してしまう香夜子に対しても。



 全員が揃いアンケートも全部集まると、目を通しながら話し合いが始まった。役員同士が議題に必要な資料を綿密に作る。

 一年生の時に当時の委員長たちが説明した「貴重な時間は円滑に有意義なものとして。時間て有限だから」という言葉に和夫はひどく感銘を受けた。そこには純粋に楽しい学校生活をみんなで送りたいという思いが込められている。

 和夫はそんな先輩たちが大好きだった。賑やかで発想が鮮やかで、そして責任感が強くて、そんな風に自分も在りたいと憧れた。そんな先輩として自分は居ることが出来ているのかわからない。それでも自分なりの精一杯の誠意でさまざまなことに取り組んでいたい。

 会議の前にしっかりと資料を作り込む理由の前にはそれぞれの大きな負担もあるけれど、級長会のみんなでがんばっていると思えば苦には感じない。好きでやっているのだ。初めての級長会で書記になってしまった香夜子はまだどう思っているかわからないけれど、みんなおんなじ。

 みんなでアンケートに目を通しながら話し合って資料を纏め上げていくことに、香夜子は楽しさを覚えた。

 いろんな人の考えていることを知って、臆病な自分の視野が広がっていくような心地がする。

 臆病を克服することが簡単にいかないことはわかっている。無理かもしれないのもわかっているし、そのままでもいいことを知った。それでも、新しいことを知っていく楽しみ方を覚えた香夜子は書記になって良かったと心から思えた。



 活動時間が終わって帰り支度をしながら三年生の副委員長、小波こなみが香夜子に聞いた。

「キノちゃん、電車?」

「はい」

「和夫だけ電車。わたしは裏からバスで残りのふたりは自転車なの」

 あからさまに和夫が嬉しそうな顔をしている。香夜子以外が白々しく目を逸らした。

「香夜ちゃん、一緒に帰ろう」

 香夜子が「はい」と答えると、全員がわかりやすい和夫に一度目を配り、一応心の中で応援してあげた。

 駐輪場で自転車の施錠を解きながら、会計の二年生である美紅みくが日向に言った。

「アリ先輩てさ、いつも思うけど……あんな風なのに実はヘタレだよねー」

「今回はわからないよー?」

 日向が含みを持たせて言ったから、「教えろー!」と日向に迫った美紅は間にあった自転車の群に突っ込みそうになり、呆れた視線に頰を膨らませた。

 まるで日向は教える気がなさそうだ。

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