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第二章(3)

 その日の最後の時限がロングホームルームであり、初めての学級会となった。

 チャイムが鳴るまでの賑やかな教室、黒板の端っこで困り果てた香夜子へ亜樹也は色々と声を掛けてみたけれど、反応が芳しくない。

 なんだかんだで勇気を出して乗り切っているわけだから、楽観的に見守ることで良いと亜樹也は決めた。

 香夜子はがちがちになりながらも、予行演習のように教壇へ上がってみた。

 教室内を見渡してみたら不安ばかりが込み上げて、香夜子は尻込みした。思わずぎゅうっと手に力を込めて握り締めてしまう。深呼吸、深呼吸、頑張ってゆっくりと呼吸をするものの、力は抜けてくれない。

 チャイムが鳴ると、教室内は途端に静かになる。穏やかさは漂っている。けれども人の目が集まっていることが香夜子の緊張を助長させる。

 ごくりと唾を飲み込んで、覚悟を決めて香夜子は口を開いた。

「そ、それじゃあ、始めたいと……」

 上がっている割に大きな声で話し出せたものの、声が上擦ってしまったところを誰かが遮った。それは揶揄いというよりは応援するような口振りだった。

「委員長ー、リラックス、リラックスー」

 リラックスと言われても、リラックスの仕方が香夜子はまるでわからない。

「こっちまで緊張しそうだよー」

「ファイトー」

 嫌味のない明るい応援の声がいくつか飛び交う。

 香夜子が戸惑っているさまに、黒板へ日付けを書いていた亜樹也は笑いを堪えきれず、持っていたチョークが折れた。

 なんとなくこういう展開になることを予想していたら、本当にこうなった。このクラスは賑やかで、みんなやたらと社交的。やっぱりだと思うと亜樹也は可笑しくて仕方がない。

「おーい、楠田笑い過ぎ!」

「あんたひどい!」

 今度は亜樹也に対する文句が飛び交う。

「だって可笑しくて……あはは、キノちゃん流石というか……くくく」

 一応込み上げた笑いを抑えようとはしてみたけれど、出来ないままに亜樹也が言った。

 香夜子は困り顔で思わずぼやいた。

「亜樹ちゃん、ひどいよ」

 定着した亜樹ちゃんという呼び方で「ひどいよ」と言ってから、香夜子は自分が不思議になった。まるで自然に言葉が出てきた。人前に立っているという苦手意識はそのままだから、自分に驚いた。

 そうしたら、次は自然と笑っていた。

「キノちゃん、その調子ー! 楠田に負けるなー」

 賑やかにそんな野次が飛んできた。なんだか楽しい気分になることが出来たから、香夜子はきっと不自然ではないだろう応答が出来た。

「……負けない」

 間はあったものの、しっかりと言い切った香夜子に教室が沸く。その間がなんだか香夜子らしいとみんなが思ってしまった。

「キノちゃんこそひどいよ」

 亜樹也がそう戯けると爆笑の渦が起きた。

 それから香夜子は、教室の中のがんばれ! という温かい目によって、すうっと安心して仕切り直した。

 クラスのみんなはもう自分の臆病さを知ってくれているのだろう。嫌悪なく応援してくるみんなが背中を押してくれた。出来るような気がする。そんな風に香夜子を思わせた。

 深呼吸をする。

 教室内は静かになったものの、変わらない和やかさが滲んでいる。

 緊張の解れた香夜子の笑顔はやはりはつらつさを周りに与えた。

 教室を一度見回した香夜子の表情は清々しい。

「改めまして、初めての学級会を始めます」

 急くなく告げることに成功したら、みんなのわくわくが手に取れた。 

 楽しいかもしれない。こうやってみんなと仲良く色々なことをこれからしていけるのだなと思うと、嬉しさが込み上げた。

 和夫のことを思い出した。少しだけわかったような気がする。どんな気持ちであんなに目を輝かせていたのか。

 香夜子は初めてにひどく緊張してしまうけれど、こんな風にわくわくすることも出来るのかと思うと、もしかしたら緊張するのは本当に悪いことではないのかもしれないと錯覚を覚えた。それはきっと錯覚などではない。

 「それがキノちゃんの自然体でしょ」と言った寛太のおかげ。

 まるで前から友達だったみたいに自分を見つめてくれるなずなのおかげ。

 すくす笑いながら自分に合わせてくれる亜樹也のおかげ。

 明るくて優しいクラスのみんなのおかげ。

 それから、あの時の和夫のおかげ。何度もこころを解そうとしてくれた和夫の優しい手の感覚を思い出した。



 初めての学級会、主に香夜子が手元にあるプリントを元に進行、亜樹也がそれを手伝いながら要点を取り出しては黒板に記していく。字の綺麗な香夜子が書いた方が読み易いだろうなと思いながら。

 本人の感覚は他所に、香夜子の取り仕切り方はとても簡潔で解り易かった。

 教室内のわくわくとした空気がどんどん増していく。校風に憧れて入学してきた者が殆ど。期待していた学校生活の始まりに目を輝かせている。

 いくつかの質問に受け答えながら学級会と級長会の紐付けや在り方などを話し終えると、班になって机を囲んでもらった。

 各班に香夜子と亜樹也は手分けしてプリントを渡して回り、やってほしいことを伝えていく。

 学期始め一度目の学級会では、どの学年も班になって話し合い、アンケートに回答してもらうという伝統的なものがある。

 このアンケートは学年毎に違う内容である。一年生のアンケートは、いくつかの質問と共に、これからの学校生活で大事にしていきたいことを記述してもらう。

 アンケートの冒頭には「書き方は気の向くままにご自由に」、この文言を作ったのは和夫だ。和夫は一年生の時からずっと役員の一員として級長会に参加している。後期の級長会の締め括りに役員の二年生が冒頭のメッセージを作る慣わしがあった。

 みんなの和気藹々と話し合う姿を見ていたら、香夜子は亜樹也の言葉を思い出した。

「亜樹ちゃん、安心してってこういうこと?」

「うん、それもあるかな」

 亜樹也の楽しそうな目を見て、香夜子は「ありがとう」とはにかんだ。

 自分で生みだした勇気ではないけれど、こうして勇気をもらってがんばることが出来た。初めてに緊張しないのは無理だけれども、怖くてもがんばってみることを覚えた。初めての先には楽しいことも待っている。

 あまりにも香夜子が嬉しそうだから、亜樹也はそのわかりさすさにころころ笑った。

「亜樹ちゃんの笑い上戸はなんだかとっても安心する。どうしてだろう?」

「どうしてって僕に聞かれても。でも、よかった」

 亜樹也の笑上戸もそうだけれど、彼はいつだって穏やかに微笑んでいるような表情を浮かべている。それが香夜子をひどく安心させる。

 こんな風に友達の助けになれることはとても嬉しいことだ。

 こんな風に気持ちを伝えてくれる友達がいることはとても嬉しいことだ。

 学級会の締め括りに香夜子は言った。

「こうやってみんなで楽しいクラスにしていけたら良いね。これからよろしくお願いします」

 教室中から「よろしくー!」という声があがった。

 緊張じゃない、不安じゃない、人前でなど今まで覚えられなかった温かい感覚が香夜子の胸の内に広がった。

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