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第八章(3)

 お昼休みにみんなで学食へ行くと、いつものように稔と和夫に声をかけられた。天気がいいから中庭で食べようと誘われて移動を始める。中庭にある幾つかのベンチやテーブルは四人掛け以外がなくて、丸テーブルを選ぶと、近くの空いているテーブルから椅子を二脚拝借した。

 さてどの順番で囲もうかとまちまちに思案して、なかなか誰も席に着かない。稔以外は。稔中心に席順を思い浮かべていくと、どこに座っても和夫が間抜けな目に遭うなと誰もが思う。哀れな目を和夫にみんなが送れば、既に苦虫を潰したような顔をしている。

 香夜子が稔の隣に腰を下ろした。香夜子が座ったから、当たり前のようにその隣に和夫が座った。

「キノちゃんは健気だね」

 和夫に向かって稔がそんなことを言った。

「アリ先輩は間抜けですね」

 と、聴こえてきたのは敢えて和夫の隣ではなく稔の隣に腰を下ろした亜樹也の声だ。

 和夫の隣は味方宜しくなずな、寛太がみんな飽きないなあと苦笑いを浮かべながら最後に空いた席に腰を下ろしたら、向かいの香夜子と目が合った。香夜子も苦笑いを浮かべている。

「……なんか落ち着かない」

 いただきますと仕切り直したあとで和夫がぼやいた。

 と、満遍の笑顔で亜樹也が言った。

「よかったですね、先輩。ね、キノちゃん?」

 すると照れくさそうに香夜子が和夫を見上げた。

 和夫の手がついつい香夜子の頭に伸びた。

 小波伝に和夫の無意識を知っていた稔が亜樹也たちにこっそりと教えていだけれど、全員が目の当たりにするのは初めてのことだ。

 和むなあと思っていたけれど、和夫の無意識は一向に終わらない。級長会のみんなと同じように、全員が呆れはじめた。

 と、和夫の無意識を一番最初に目撃している亜樹也が、当時を思い出して吹き出した。ころころ笑い出したが最後、笑いが止まらない。

 「あれれ?」となずなと寛太が顔を見合わせた。

 そうして声を揃えて言った。

「級長会の変な先輩、て……」

 亜樹也の笑いにばつが悪くなりながら手を引っ込めようとした和夫がおろおろしてから、亜樹也を視界に閉じ込めた。

「なになにー? なにされたのキノちゃん」

 なにも知らない稔が楽しそうに尋ねたのは和夫じゃなくて、香夜子。

「亜樹也! なに吹き込んだんだよ!」

 躍起になって和夫が亜樹也に迫ると、亜樹也が言った。

「キノちゃんて可愛いね」

 和夫の口調を真似て亜樹也がそう言うと、恥ずかしくて恥ずかしくて本人は顔面を手で覆って悶絶している。

 その隣で、顔を紅くした香夜子がくすぐったそうに照れ笑いを浮かべた。

「一回目の会議の時にね」

 と言った後、亜樹也はその時の和夫の無意識をみなまで言わずに昼食を取り出してしまった。

 「変な」と称すからには他にもなにかあるはずだ。俄然とみんなの興味は惹かれるものの、亜樹也は教えてあげるつもりがなかった。だって、このままの方が面白い。あの場にいたのは見事に当事者ふたりと亜樹也だけ。本当に誰も知らない面白い秘密。

 この日は全員、カレースパ。カレースパを口に運ぶ亜樹也は嬉しそうだ。あまりにも嬉しそうに食べているから、遂に全員が真相などどうでもよくなった。

 数ヶ月前が懐かしいなと香夜子は思った。こんな風に自然体で誰かと一緒に、こころを置かずに過ごせる時間が来るなんて。

 はじまりはとても困惑した。新しい生活の中にどんどん新しい風が吹き込んできた。臆病な香夜子は上手く身に受ける自信が持てなかった。その度に背中を押してくれたみんなの笑顔と和夫の手。言葉一つでこころを軽くしてくれた。

 笑い声が絶えない昼下がりの団欒の中、こそっと香夜子がテーブルの下で和夫の制服を掴んだ。ありがとうと伝えたくて。

 何度でも伝えたい。

 あとでまた言葉で伝えようと香夜子は思った。

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