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第八章(2)

 もうすぐ期末テスト、それが終われば直ぐに夏休みがやってくる。授業中にふと春先のことを思い返して、亜樹也は懐かしくなった。

なずなと寛太が、そして自分が、初日におとなしかったのが今となっては可笑しい。緊張でがちがちだった香夜子のわかりやすさは思っていた以上だった。

 気が付けば消しゴムが小さくなっている。いつものように変な形へと成ったそれは丸みを帯びた小さなヒトデのようになっている。香夜子のくれたこの消しゴムが擦り減っていく度にいろいろな楽しみが増えていった。

 数ヶ月ってあっという間に過ぎるんだなと思うと、当たり前の楽しい日々がもっともっと大事に思えてくる。

 思い返していたらなんだか面白くなってきた亜樹也は、立てた教科書で顔を隠してくすくすと小さく笑ってしまった。と、とんとんと肩を突かれた。

 顔を上げると香夜子が机の隅を指差すから、亜樹也は顔を隠していた教科書を退かした。

 消しゴムが一つ、机の左隅に置かれている。

 照れくさそうにはにかむと香夜子は前へ向き直った。

 まるで時間が巻き戻っているような感覚を亜樹也は覚えた。

 指で持ち上げた消しゴムを顔の前に持ってくると、赤い小さな矢印が目に入る。あの時、亜樹也が香夜子に渡した消しゴムだ。

 懐かしいなあと思いながらにこにこ暫く見つめてから、矢印のさす場所に挟まれた紙切れに気付いた。懐かしくて、どうして今香夜子がこの消しゴムを渡してきたのか考えなかった。

 少しケースをずらして紙を取り出すと、可愛らしい柄とイラストの描かれたメモ用紙だった。折りたたんだままでもわかるほど鮮やかに可愛らしいメモ用紙。あの時と同じようにわくわくとする。開くのが勿体ないくらいにわくわくする。素直な香夜子はこのメモ用紙に一体どんな言葉を綴ったのだろうか。

 そっとメモ用紙を開いてみたら、香夜子らしい言葉に心が躍った。

「大切な人に大切な好きを伝えられたよ」

 一言、そう書いてあった。

 いつか和夫のことが「好きみたい」と言った香夜子の大切な人が誰か、大切な好きが何か、亜樹也はとっくに知っている。だから香夜子はそう書くことで十分だった。

 香夜子はノートを机の右端に寄せた。とんと小さく音を立ててシャープペンを置くと、亜樹也がそちらを見つめるのを横目に確認した。

 香夜子のノートを亜樹也が見つめていたら、シャープペンが動きだす。「いつも勇気をくれてありがとう」と綺麗な文字が綴られていく。

 亜樹也は返事を書こうとノートを左端に寄せると、シャープペンの先をノートへ置いた。

 「こちらこそ」と書いてから、もう一つ、「このメモ、消しゴムごと前のふたりに回してもいい?」と書いた。

それから亜樹也が香夜子を見遣ったら、こくこくと頷いてノートに「お願い」と書き記された。

 寛太となずなは赤い矢印とその意味に直ぐ気付くだろうかと考えてみて、内容以上にわくわくする。そんな感覚を覚えたら、二人ともやたらと楽しい気分になった。

 亜樹也がこそっと寛太の背中を突くと、驚いてた彼が身体をびくりとさせた。そんな寛太の様子が面白くて、もう一回突いてから亜樹也は寛太へ消しゴムを渡した。受け取った寛太はこの消しゴムの存在が謎だ。

 よく見てみると、消しゴムに小さく変な赤い矢印が書かれている。ケースに向かった矢印を追うと紙が挟まれていた。なんだか面倒くさいことをするなと思いつつも、そのユーモラスが亜樹也らしい。

 取り出し辛いと思いながらケースをずらしてメモ用紙を取り出したら、寛太は吹き出しそうになった。男子が使うには可愛らし過ぎるメモ用紙。悪戯かなと思いながら開いてみて、寛太はものすごく嬉しくなった。

 綺麗な文字で書かれた文面の言葉選びが香夜子らしくて心地好い。

 メモ用紙の隅っこに、亜樹也の文字で一言が書いてあった。ここに返事を書けばいいのかと、寛太は空白へ香夜子への一言を書き記してからなずなの机に消しゴムを置いた。

 なずなも寛太同様、何かの悪戯かなと思った。赤い矢印を見つけたら笑い出しそうになった。

 肩を震わせて笑いを堪えている様子のなずなの後ろ姿に、香夜子と亜樹也は共にくすりと小さな笑いを零す。寛太の反応、それからなずなの反応、どっきりは大成功。

 消しゴムの矢印は今まで亜樹也と香夜子の秘密だった。二人にもこの秘密をいつか教えようと思っていて、それが今だった。

 なずなは寛太と違い、見つけた矢印に合点がいくと直ぐにケースをずらしてメモを取り出した。裏側からもわかる可愛らしいメモ用紙はきっと香夜子だ。香夜子と和夫の「二人の秘密」が書かれている予感がした。

 香夜子はこんな風に自分たちに伝えて来るのかと、なずなはわくわくしながらメモ用紙を開いた。

 なんて素敵な言葉だろう。「大切」という書き方が胸を打つ。楽しい、嬉しい、心が躍る。香夜子の言葉はいつも素直、そんな香夜子の言葉がなずなは好きだ。「大切な好き」、恋する好きをこんな風に表現した香夜子が大好きだと改めて感じたら、なずなは今すぐ香夜子を抱きしめたいくらい嬉しくなった。

 なずなの反応が気になる寛太は隣を横目に見てみた。また昨日とおんなじ、とても穏やかで柔らかい表情でまあるく微笑んでいる。

 亜樹也と寛太のメモ書きを見て、なずなも返事を書き込むと後ろの席の香夜子へ戻した。

 消しゴムが戻って来たからメモ用紙を取り出して開いてみたら、香夜子はとても満たされた心地を覚えた。 

 こんな風に秘密を打ち明けてみてよかった。どんな風に秘密を打ち明けようかと昨日いっぱい考えていたら、とてもわくわくとしている自分が居た。

 このメモは大切に取っておこうと決めた。

 それぞれの個性が滲んだ一言を読んで、やっぱりみんなは素敵だなと思う。

 「キノちゃん、最高!」という楽天的な亜樹也の一言、「おとうさんは感動した!」という愉快な寛太の一言、そして「キノちゃんの勇気、素敵! 大好き!」というご機嫌ななずなの一言。

 みんなと出会えてよかった。このクラスになれてよかった。この学校に入ってよかった。こんな自分でも良いんだよといつもみんなが背中を押してくれる。

 教室に注ぐ温かな陽の光と一緒にみんなが自分を見守ってくれる。こんなに幸せなことはきっとない。

 大好きな友達の横顔、好きな人の横顔を見つめながら、臆病さにゆらゆら戸惑いながらも前へ進んで行ける自分が嬉しい。 亜樹也がこそっと寛太の背中を突くと、驚いてた彼が身体をびくりとさせた。そんな寛太の様子が面白くて、もう一回突いてから亜樹也は寛太へ消しゴムを渡した。受け取った寛太はこの消しゴムの存在が謎だ。

 よく見てみると、消しゴムに小さく変な赤い矢印が書かれている。ケースに向かった矢印を追うと紙が挟まれていた。なんだか面倒くさいことをするなと思いつつも、そのユーモラスが亜樹也らしい。

 取り出し辛いと思いながらケースをずらしてメモ用紙を取り出したら、寛太は吹き出しそうになった。男子が使うには可愛らし過ぎるメモ用紙。悪戯かなと思いながら開いてみて、寛太はものすごく嬉しくなった。

 綺麗な文字で書かれた文面の言葉選びが香夜子らしくて心地好い。

 メモ用紙の隅っこに、亜樹也の文字で一言が書いてあった。ここに返事を書けばいいのかと、寛太は空白へ香夜子への一言を書き記してからなずなの机に消しゴムを置いた。

 なずなも寛太同様、何かの悪戯かなと思った。赤い矢印を見つけたら笑い出しそうになった。

 肩を震わせて笑いを堪えている様子のなずなの後ろ姿に、香夜子と亜樹也は共にくすりと小さな笑いを零す。寛太の反応、それからなずなの反応、どっきりは大成功。

 消しゴムの矢印は今まで亜樹也と香夜子の秘密だった。二人にもこの秘密をいつか教えようと思っていて、それが今だった。

 なずなは寛太と違い、見つけた矢印に合点がいくと直ぐにケースをずらしてメモを取り出した。裏側からもわかる可愛らしいメモ用紙はきっと香夜子だ。香夜子と和夫の「二人の秘密」が書かれている予感がした。

 香夜子はこんな風に自分たちに伝えて来るのかと、なずなはわくわくしながらメモ用紙を開いた。

 なんて素敵な言葉だろう。「大切」という書き方が胸を打つ。楽しい、嬉しい、心が躍る。香夜子の言葉はいつも素直、そんな香夜子の言葉がなずなは好きだ。「大切な好き」、恋する好きをこんな風に表現した香夜子が大好きだと改めて感じたら、なずなは今すぐ香夜子を抱きしめたいくらい嬉しくなった。

 なずなの反応が気になる寛太は隣を横目に見てみた。また昨日とおんなじ、とても穏やかで柔らかい表情でまあるく微笑んでいる。

 亜樹也と寛太のメモ書きを見て、なずなも返事を書き込むと後ろの席の香夜子へ戻した。

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