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第七章(4)

 一緒に通学路を歩いていたなずなと寛太は、少し離れた前の方に香夜子と和夫を見付けた。そうして顔を見合わせた。もしかしてと思ったら思いっきり笑ってしまった。通りすがりの他人が驚くくらいに突然笑いだした。

 肩を並べる香夜子と和夫の間にある距離がいつもより近い気がする。今までの見ている方が焦れったい距離感がなくなっているようだった。

 一頻り笑った後、なずなが垣間見た寛太はやたらと清々しい面持ちをしていたから、ぱんと背中を叩いた。

「痛っ!」

 驚いて悲鳴をあげてなずなを睨んだあと、寛太がとても心地好さそうな微笑みを浮かべた。

「よかったね! 寛太!」

 なずなは知っている。きっと亜樹也も知っている。

 口には出さなくても、きっと誰よりも香夜子を応援していたのは寛太だ。

「そうだな。ほっとした」

 沁沁とそう言った寛太をなずなの揶揄う目が射した。

「な、なんだよ」

 何かしら揶揄われているのはわかっているけれど、何かとんでもないことを言われそうだと寛太はたじろいだ。

「お父さんみたい」

「それ言ったらなずなはお母さんだな」

 お互いに図星を指された気分で苦笑いを浮かべた。

「じゃあ亜樹ちゃんは?」

 なずななら面白いことを言うだろうと期待しながら寛太は聞いてみた。

「うーん、おばあちゃん?」

 言ったなずなも寛太も言い得て妙だと思ってしまい、教室で亜樹也へ挨拶をしようとしたら口が滑った。

「おばあちゃん、おはよう!」

「おはよう、ばあちゃん」

 なずなと寛太にいきなりおばあちゃん扱いをされた亜樹也はもちろん渋い顔をした。

「あれ? キノちゃんは?」

 なずなが首を傾げた。

 自分たちより先を歩いていたはずの香夜子が居ない。机の横を見遣ると鞄はちゃんとある。

「職員室にお遣いに行ってる」

 と、なずなが目をきらきらさせた。

「あのね! 亜樹ちゃん聴いて!」

 勢いよくそう言ったなずなの頭を寛太がぽかりと叩いた。

「あのね、俺たちがそう思っただけ。憶測を事実のように言うなよ」

 寛太にそう言われるとぐっとなずなが言葉を飲み込んだ。

 何があったか勘付いた亜樹也の笑いのつぼを突いてしまい、そして目を輝かせている。

「教えてよ!」

「いや、俺たち後ろ姿見ただけだよ」

 寛太となずなが間違いないと思ったように、それだけしか聞いていない亜樹也も間違いないと確信した。なんといっても香夜子はとにかくわかりやすい。

「キノちゃんの報告が楽しみだなあ」

 至極愉快な気分になった亜樹也が言うと、三人で笑い合った。

 香夜子は一体どんな風に自分たちへ伝えてくれるだろうか。



 その日の香夜子は至っていつも通りだった。まるで変った様子は見られない。勘ぐりすぎたかなあと思ったことろで、なずなはあることを思い出した。

 まだ「二人の秘密」なのかもしれない。

 興味にうずうずするけれど、香夜子が言ってくるまでは聞いてはいけないと思った。香夜子が自分たちにも秘密を分けてくれる時が楽しみだ。

 昼休みが来て、いつものように学食で昼食を摂っていたら、時々稔が白々しい目で和夫を見遣る。面白そうに「和夫はやっぱり間抜けだね」と呟く。その度に俄かに和夫が動揺しているさまが見て取れた。稔はなんだか疲れた顔をしているけれどご機嫌にも見えた。

 香夜子はどこからどう見てもやはりいつも通りにしか見えない。

 まだ「二人の秘密」を楽しんでいるのだろうとなずなは感じた。その様子を見ているのは心地が好かった。大切な気持ちと時間を大事に守っているようで微笑ましくて気持ちが和む。 

 ふと寛太がなずなを見遣ると、普段の賑やかさがまるで潜んだような、落ち着いた穏やかな微笑みを浮かべている。長い付き合いだけれど、なずなのこんな顔を寛太が見たのは初めてだった。

 くすりと小さく笑った寛太に気付いた向かいに座る亜樹也は、寛太の視線の先に居るなずなの横顔を覗いてみた。そして思わず言った。

「なっちゃんてさ、時々お母さんみたいだよね?」

 朝の遣り取りをなずなと寛太は思い出した。傍から見てもそう見えるということは、亜樹也のあれも周りから同じように見えているかもしれない。

「……亜樹ちゃんは、おばあちゃんみたいだよね?」

 そう言ったのは香夜子だった。

 心外そうな亜樹也は朝のなずなと寛太の挨拶の仕方に合点がいって眉を顰めた。

「……僕、まだ16歳なんだけれどな」

 盛大に和夫が噴き出した。顔を見れば自分を笑う亜樹也がおばあちゃんだと思うと可笑しくて可笑しくて苦情を言うのをこれからは忘れてしまいそうだ。

「ねえ、先輩。僕おばあちゃんだからちゃんと労ってください」

 開き直った亜樹也は和夫に向かって言った。和夫はやっぱり苦情を言わずにはいられないなと思った。

「人の顔見るなり大笑いする16歳のおばあちゃんなんて労いたくない……」

 眉を曇らせた和夫がぼそりと言った。

「おばあちゃんは孫が可愛くて仕方ないんだね」

 稔が和夫を揶揄いたくてそんな言い方をすると、亜樹也が楽しそうに笑う。他のみんなは肩を震わせて笑いを必死に堪えていたが、当事者の和夫ははらはらしだした。稔と亜樹也が面白可笑しく言葉を並べ始めたら、いつだって矛先は自分だ。なんだかとんでもないことを言われそうで心臓に悪い。

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