第六章(3)
題名は「手紙」、何回も書き直してしまい原稿用紙をたくさん使った。たった四百文字では書き切れなくて、考えて考えて言葉を選んだ。
作文のテーマは自由だったから、香夜子は感謝を選んだ。
緊張に敵わない香夜子は原稿用紙をぐっと握りしめて黒板の前に立っていた。冷や汗がたらりとどこかを走る。
固唾を飲んだら香夜子が余計に緊張するのはわかっていても、香夜子の緊張が移ったように教室中がどきどきしていた。
そんな教室の中で、亜樹也が、なずなも寛太も、まるで呑気な心地で香夜子を見守っていた。どこに居ても香夜子はわかりやすい。在りのままだなと思うといつも楽しくて嬉しい。
いつもの緊張なら顔色悪くなる香夜子の顔は火照っていた。いつも必要になる勇気とは違うものだと感じたら、口が開けた。
発した声は上擦るし泣きたいくらい上手く喋れないけれど、自分の原動力が背中を押してくれたから続けられた。
出会って間もないみんなにたくさんの嬉しいをもらった。これからも大事に大切に時間を分かち合って過ごしていけますように、ありがとうを書き綴った手紙のような作文を読み上げていく。
ぎゅうと強く握りしめ過ぎて原稿用紙が読み辛い。そんなことを思ったら、香夜子の気は解れだした。
最後の一文だけ、香夜子の声が少し変わった。すうと心に穏やかさが満ちていた。
本人は気付いてないけれど、照れくさそうな嬉しそうな顔付きをしている。読む前に置かれた一呼吸が幸せを吸い込むようだった。
「掌に注がれる幸せを大切に守っていきたいと思います」
汗を握った掌に、また大切な一滴が沁み込んだと香夜子は思った。
学級会の時とおんなじ、温かなクラスメイトの視線と笑顔に包まれてほっとした。
席に戻る途中、誰かがぽんと背中を押してくれた。それを見て嬉しくなったなずなと香夜子の目が合う。席に着いた香夜子を見て亜樹也は満足そうに笑いを堪える。寛太は背後のそんな気配を感じながら頰を掻いた。
香夜子には敵わない。
その時香夜子は和夫にありがとうを伝える為の言葉を思い付いた。勇気が必要かどうかは和夫の顔を見ないとわからないけれど、伝えようと決心した。