第五章(7)
曇り空の今日は少し涼しい風が吹いていた。
委員会室から一番近い中庭で、和夫と香夜子は並んでベンチに腰を掛けながら、運良く誰にもすれ違わずに済んだ。けれどもあまり長居はできないなと和夫は思った。
泣き止んだ香夜子は相変わらずなにも言わない。なにも言わないけれども、繋いだ手はそのまま。離されないから離さずに、和夫は香夜子の体温を感じていた。
知っている。香夜子がどのくらい臆病かなんて。だから香夜子がなにかを話してくれるまで、和夫はいくらでも待てる。
「……嬉しいことと悲しいことがいっぺんに来て」
香夜子がぽつりと言った。
「切なくて苦しくて」
好きだという言葉が喉につっかえるのだ。伝えたいのに臆病さがひたすらに邪魔をしてくる。
言葉は魔法のようにこころを軽くしてくれるけれど、重くしてくれちゃうこともある。いろんな気持ちが邪魔をする。手に取れなかった勇気は、まだ掌の上に残っている。あとは差し出すだけなのに、手が伸ばせない。
香夜子は自分から手を伸ばせないのに、和夫はいつだって手を伸ばして助けてくれる。意識的に手を伸ばせない香夜子の反面、和夫はいつだって無意識に香夜子へ手を伸ばす。そうしたいと思ったらそうなってしまうだけだ。もちろん、勇気を振り絞ることだってある。
「先輩。わたし……」
と言ったところで、香夜子は言葉を途切らせた。
「香夜ちゃん?」
少し間を置いた香夜子は勇気を出す準備をしてみたけれども、その勇気は後ろを向いた。清々しく気持ちを伝えて更に応援もしてくれた寛太のようなりたいのに上手くできない。
「わがままばかり……」
上擦った声で胸の内を占めていることを香夜子が言った。
そんな香夜子が和夫は愛らしい。もっとわがままでもいいのに、と思わずにはいられない。
「香夜ちゃんのわがままなら、おれ、なんだって嬉しい」
すると香夜子が無意識に和夫の手をぎゅっと握り返した。
甘えだとわかっていても、その日、香夜子は最後まで好きという言葉を和夫へ渡すことができなかった。




