第五章(6)
「なんでわざわざ待ってるんだよ!」
教室に入るなり、可笑しそうに楽しそうに話をしているなずなと亜樹也へ寛太は文句を言った。
なずなと亜樹也は態とらしく心外だとばかりの表情を浮かべた。
「たこ焼き食べたいなあ」
と、亜樹也が言った。
「わたしも、食べたいなあ」
なずなも同じことを言うから、寛太は仰々しくため息を吐いた。
「いいけどさあ、奢らないからな」
すると突然、ぷっとなずなが吹き出した。笑い上戸の亜樹也ではなく、なずなが大きく笑いだした。どうにも寛太が照れくさそうな顔をしたままだから面白くなってしまった。
「おい、なずな!」
「だって、こんな寛太滅多に見れないもん!」
そこからあーだこーだと言い合いを始めてしまった二人を亜樹也はのほほんと見守っていた。
寛太が戻ってくるまでの間、なずなは目を輝かせて楽しそうに中学の頃までの寛太の間抜け話を延々と亜樹也に聴かせていた。寛太はどちらかといえば穏やかで大らかな印象が強く、そのため時々見せる間抜けぶりが際立つ。そんな風に亜樹也は思っていた。昔からそうだったのかと可笑しくて可笑しくて、そしてなずながいかに友達を大切にしているのかがよくわかった。
観客気取りで観察していた亜樹也を、なずなにたじたじにされた寛太が嘆くように呼んだ。
「亜樹ちゃん!」
助けてくれと寛太は亜樹也に懇願したい。けれど相手は亜樹也だから期待はしない。まるで上機嫌ににこにこしている亜樹也からどんな言葉が出てくるか。若干嫌な予感もするけれど、香夜子が居ないから亜樹也に頼るしかない。
亜樹也はなにかを言うわけでなく、なずなを見た。するとなずなが悔しそうな顔をした。素直じゃないなあと思いながら、亜樹也はにこにこ顔でなずなを急かす。なずなといえば、寛太に対して素直な言葉が言えなくて、難しい顔をしだした。そんな顔で見つめられた寛太がたじろぐ。
「な、なんだよ」
なんでもないとは言えない。頑張った寛太に頑張ったねと言ってあげたいのに、なんとなくしゃくだ。いっぱい心配したからこそ。
無駄にも息を飲むような沈黙が生まれた。なずながとにかく譲らない。
結局、亜樹也と寛太は、なずならしさが可笑しくて耐えきれなくなった。苦笑いを含んだ笑い声をあげると、いつものように「ひどい!」というなずなの声が飛ぶ。
「ねえ、そろそろたこ焼き……」
と亜樹也が言いかけたところで、ばんとなずなが勢いよく立ち上がった。
「行こう! 友達の勇気を労わないとね!」
これを言うだけに手間取っていたのかと思うと、亜樹也は若干呆れた。相手が寛太だけに、言い出すのに苦労したのかもしれないなと思いながらも。なずなは言葉が素直なら、態度も素直だ。
香夜子に告白したことよりも、寛太は照れくさくなってしまった。照れ隠しに頰を掻いてみた。
それからたこ焼き屋に向かい、わいわいたこ焼きと大きなジュースを楽しみながら、寛太は香夜子のことを思った。
大丈夫だろうか。大粒の香夜子の涙が少し不安だった。けれどもそのあと、笑顔でありがとうと言った香夜子ならば、すぐには無理かもしれなくても、いつかは乗り越えられると思うのだ。
素直でわかりやすい香夜子がいつだって臆病なりの勇気を振り絞っていることを自分たちはよく知っている。




