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第五章(5)

 香夜子は委員会室へと急いだ。もしかしたら、もう日向が来てしまっているかもしれない。まだ和夫だけならいいなと思いながら寛太がくれた手紙を抱きしめて急いだ。

 手紙の内容は簡潔に香夜子の背中を押した。早く和夫に会いたくて仕方なくなった。

「大好きな人が大好きな人と一緒に笑っている姿、ずっと見守っていたいんだ」

 和夫に会ったら、また涙が溢れそうになるかもしれない。好きだと言ってくれた寛太の姿が素敵過ぎて、嬉しいのに羨望しか抱けず、自分を振り返ってみたら涙が溢れた。

 きっと寛太だって悩んで悩んで思い切って勇気を出したに違いない。和夫に好きだと言えない香夜子は、好きな人に告白するということにどれだけの勇気を必要とすることかを知っている。自分の臆病さを差っ引いても多大な勇気が必要には違いないはずだ。

 勇気を出そうと思った。

 こんなにも会いたくて、こんなにもそばに居たいと思える人へ、自分も好きという気持ちを伝えたくなった。

 好きだと言ったら、和夫はどんな顔をするのだろうか。いつものようにお日様みたいに笑うだろうか。

 告白なんてしたことのない香夜子には想像が付かない。

 和夫や寛太のようにはできないことはわかっている。じゃあ自分はどんな風に和夫へ好きだと伝えるのだろう。香夜子はこれも想像できなかった。

 想像が付かないことに香夜子は怖くなってきた。

 委員会室へ急いでいたのに、気が付けば足を運ぶ速度はゆっくりと躊躇い気味になっている。

 胸が弾けそうなくらいにどきどきとして、そのどきどきはときめきなどではなく、臆病さからきた恐れとなってしまった。好きだと言うために、香夜子はどんな顔で和夫に会えばいいのかわからなくて、そんな自分が悲しかった。

 和夫に会いたい、頭を撫でられたい。勇気を出してみたい、伝えたい。

 気持ちが先走れば先走るほどに、手にしていた勇気がはらはらと掌から溢れていくような感覚を覚える。

 委員会室の前に着いたら、ぽたりとまた涙が落ちた。制服でごしっと拭ってみたら止まったから、深呼吸をしてみる。

 賑やかな日向の声も美紅の声も、小波の声も聞こえてこない。まだ来ていない。いつものように二番目に委員会室に着けた。

 ドアを開けたらいつもの和夫が居ると思うと、いつもと違う自分が怖い。



 和夫は香夜子が遅いなあと寂しく思いながらひとりで委員会室に居た。そうして無性にそわそわしていた。香夜子がまだ居ないいつもと違う時間がそうさせた。

 たまたま今まで香夜子が運良く一番に来ていたのと、日向が気を遣っていたから成り立っていたこの時間が当たり前過ぎて切ない。

 頰杖を突いて考え事をしていたら、いつの間にか和夫の視線は机に落ちていた。和夫にしては珍しい後ろ向きな思考が走り出す。

 そのうち卒業したら毎日一緒に過ごせなくなる香夜子は、その後も自分のそばにいてくれるのだろうか。香夜子はいつかきちんと自分の答をくれるに違いない。けどもそのいつかがいつ来るかなんてわからないし、遠くなればなるほど香夜子も自分から遠くなっていくのだと、和夫は悲しくなってきた。

 と、がらりとドアが開いてばたりと閉まった音がした。

 和夫が浮かない顔を上げると、真っ赤な顔をした香夜子が居た。様子も少しおかしいように見えて、がたんと椅子から立ち上がった和夫は香夜子に駆け寄った。

 香夜ちゃんと呼ぶより早く、いつもの無意識で香夜子の頭に和夫の手は伸びた。頭を撫でながら、少し屈んでよくよく香夜子の顔を見つめると、涙の跡がある。目も腫れぼったい。

「香夜ちゃん? なにかあった?」

 自分の知らないところで香夜子が傷付いたり泣いたりするのは嫌だなと和夫は思った。いつでもそばで見守っていてあげられればいいのにとわがままなことが頭を過ぎる。

 なにも言わない香夜子の左手が、ぎゅっと和夫の制服を握りしめた。

 これは香夜子が助けを求めている時の合図だ。

 泣き出しそうな香夜子の右手に和夫は恐る恐る触れて、そのまま手を握った。

 状況もわからずに助けてあげたいなんてわがまま過ぎると思うけれども、散々わがままを香夜子に受け入れてもらっているから今更だと開き直る。いきなり手を繋いで帰ったり、勢いでおでこにキスをしてみたり、香夜子は拒まなかったけれども、きっと困りはしただろうと和夫は思う。

 小さな嗚咽が聞こえてきた。

 もう我慢ができなくて、和夫は香夜子の頭を抱き寄せた。

 困ったことに、流石にそろそろ誰かがやってくる。和夫は香夜子を委員会室から連れ出すことにした。

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