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第五章(4)

「キノちゃん、好きだ!」

 数メートル先に立つ香夜子がきょとんとした。

 寛太は勢い余って叫ぶように告白してしまい、ばつが悪くなった。手に持っていた手紙が既にくしゃくしゃになっていることにも気付かずに「やっちまったー!」と頭を抱えてしゃがみ込む。

 恥ずかしさに紅くなってしまった顔を、寛太はなかなか上げられなかった。

 寛太の勢いに負けて、香夜子はなにが起きたのか把握できないでいた。

「え? え? か、寛太くん?」

 困る風でもなく戸惑う風でもない香夜子の声に、寛太は息を吐いて吸った。そうして顔を上げ、立ち上がった。自分の有りさまに間抜けだなあと思うと、緊張とか照れくささとか、そういうものが全て吹き飛んだ気がした。ぐっと手を握って開いたら、程よい感じに力が抜けた。

 鈍い香夜子はことの次第を相変わらずわかっていなかった。

「俺ね、キノちゃんのことが好き」

「え?」

「友達とかそういう好きじゃなくて……その……」

 落ち着いたのに、寛太は良い言葉が見つからなかった。そうして香夜子がなにも言わない。

 困らせてしまっているかもしれないと寛太が反省しかけたところで、おもむろに香夜子の表情が変わっていった。

 状況がやっと飲み込めた香夜子は不思議と微笑んでいた。

 友情であれなんであれ、誰かに好きだと言われることは嬉しいことなんだと、その時香夜子は感じていた。そうして、和夫に対して臆病に本音を言葉にできない香夜子は寛太に敬意を抱いた。

 しかしそんな気持ちと裏腹に、香夜子の顔は段々と紅くなっていった。どんな言葉を寛太に渡したらいいのかわからなかった。好きという言葉が言えなくても、和夫には自分のそのままを伝えられたのに。

 気まずい、とは少し違うどぎまぎとした時間が少しの間流れた。

「あ、あのね!」

 勇気を出した香夜子が口を開いた。

「ありがとう。とっても嬉しい」

 笑顔を咲かせてそう言ってくれた香夜子に、寛太は伝えたいことを上手く伝えられそうな気がしてきた。

「あのさ、キノちゃんがアリ先輩のこと好きだって知ってて言うのは困らせちゃうかもしれないと思ったんだ。でも、伝えたいことがあって」

 寛太は香夜子のことが好きだという気持ちを知ってほしくて好きだと言ったわけではなかった。好きだという言葉だけを渡すのは相手に失礼だと寛太は思う。好きだからどうしたいか、どうしてもらえたら嬉しいか。大抵は付き合いたいだ。ただ、香夜子に対する寛太のこころはそれを求めていない。

 見つめていたい、和夫のとなりで笑っている香夜子の姿を。いつも自分たちに笑顔をくれる香夜子の姿を。臆病なりに勇気を出してがんばる香夜子の姿を。

 香夜子は胸がきゅんとした感覚を覚えた。そして今更どきどきしてきてしまった。

 寛太はきっと勇気を出して自分へ気持ちを伝えてくれた。そうして、伝えたいことを全部ちゃんと伝えようと更に勇気を出そうとしている。そんな寛太の姿が眩しく思えた。

「付き合いたいとかそういうのじゃないんだ。そういう恋もあるのかなと思ったら伝えたくなって……なずなと亜樹也の受け売りだけど」

 和夫に好きだと言われるまで、香夜子は誰かに告白などされたこともなければ告白したこともない。告白のイメージは付き合うかどうかの答え。YESかNO。そういうものだと思っていた。だから直接的な好意で和夫に返事をできなかった自分はずるい。

 口が勝手に動いた。

「わたし、アリ先輩のことが好き」

「うん、知ってる」

「先輩は好きだって言ってくれたけど、わたしはちゃんと言えなくて」

 香夜子は気に病んでいるのだろうけれど、まるで臆病な香夜子らしい。そう感じたら、寛太はとても穏やかな気持ちで言葉が出せた。

「いいんじゃないかな。伝えられると思った時に伝えたら。キノちゃんのこと、一番よくわかってるのってやっぱアリ先輩だと思うし」

 と、その直後、寛太はぎょっとした。

 香夜子が急にぽたぽたと泣いていた。

 寛太はらしくもなくおろおろしてしまった。

 けれどもせっかくの勇気を無駄にしたくないから、階段を一歩ずつ昇り始めて、香夜子の前に行った。

 抱きしめてあげたいけれど、それは流石におこがましいよなと寛太は思った。

 香夜子の泣く姿を初めて見る。切なくなった。自分のせいで泣いているわけではない香夜子に心細くなった。好きな子にはいつも笑っていてほしい。大切な友達にはいつも笑っていてほしい。でも、泣きたくなる時なんて誰にもある。

 寛太は香夜子の頭に手を伸ばして、ぽんぽんと二回だけ撫でた。

 和夫の撫で方とは全然違う大切な友達の慰め方は優しかった。無性に香夜子のこころがあったかくなった。

「……ありがとう。寛太くん」

 泣きながらはにかんだ香夜子に、寛太ははっとした。好きだけを伝えにきたわけではないのだ。

 真っ赤な顔でぐしゃぐしゃになった手紙を香夜子の胸に押し付けると、踵を返した。

 「伝えたいこと、それ!」と少し離れたところで振り返ったら、寛太はあっという間に香夜子の前から消えていった。正確には逃げ出した、に近い。

 これ以上は心臓が破裂すると寛太は思いながら教室へ急いだ。

 大好きな友達の、大好きな人の、新しい一面を知ったら、しばらく胸の高鳴りが治まってくれそうにない。

 けれど、やっぱり少しだけ切ない。虚しくはないけれど、切ないのは仕方ない。

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