第四章(5)
放課後、なずなは級長会の活動が休みの香夜子を引っ張って、寄り道しようと勢いよく教室から消えていった。
残された寛太が亜樹也にぼやいた。
「あいつ、大丈夫なのかな」
「何が?」
「嫁に行けなそう!」
力強くそう言った寛太に亜樹也が笑いを堪えられるわけがない。保護者よろしく寛太が「心配になるだろう、そろそろ」と真剣な顔で言うから、亜樹也の笑いはいつまでも止まらない。そんな亜樹也に寛太がああだこうだとなずなの心配を訴え続けていたら、いつのまにか教室ががらんとしていた。
部活に入っていない二人は放課後はいつだって暇だ。なずなの寄り道に付き合わされない限り。のんびりと空っぽの教室を眺めながら、教室の窓の外から聞こえる運動部の爽やかな賑わいを他所に、のんびりとおしゃべりをしていた。
「で? キノちゃんは一歩進んだみたいだけど寛太は?」
亜樹也はこういう時、いつもいきなり核心を突いてくるなと寛太が思わず顔を顰めた。
話を逸らしたいわけではなく、亜樹也はどうなのかと思った寛太は聞いてみることにした。
「そういう亜樹ちゃんはさ、居ないわけ?」
すると亜樹也が間髪入れずにはっきりと言った。
「居ない」
「いつから?」
「少し付き合ってた前の彼女と別れてからかな」
「なんで?」
なんでと聞かれても全ての気持ちに言葉で理由など付けられない。けれども今の亜樹也は理由があったから寛太に話すことにした。
「わかりやすく言うと、アリ先輩のキノちゃんに対するみたいなあの感じになれなかったから」
寛太は閉口した。解り辛すぎる。
亜樹也が楽しそうに寛太を見ている。
「わかりやすく言って」
「今のわかりやすくない?」
「ものすごく解り辛い」
楽天的な亜樹也は和夫のように楽しく過ごす方法をいつも選ぶ。要はその時、楽しくなかったのだ。
「アリ先輩に対するキノちゃんみたいな子が好き」
「それも解り辛い」
「ええー? じゃあどんな例えしたらいいの?」
あっけらかんとそう言った亜樹也に、どうして例え話で済まそうとするのかと寛太は溜息を吐いた。
寛太にあからさまに呆れられたから亜樹也は少し違う言い方を考えてみることにした。
「えーと、別れてから暫く経つんだけど、それから好いなっていう女の子が居なくて」
「理由、それだけでよくない?」
「違うんだよ、聴いてよ」
「わかったよ」と寛太は頰杖をついて、聴く態勢を取ってみた。
「それでね、キノちゃん」
だからどうしていちいち香夜子を持ち出すのか。寛太は嘆きたくなったけれど、その後の亜樹也の話を聴いたらすとんと腑に落ちてしまった。
「キノちゃんとアリ先輩が出会った時に、これだ! って思っちゃったんだ。一目惚れがいいとかそういうのじゃなくて。あの二人の反応ね、ちぐはぐだったんだよね。アリ先輩あんなだし、キノちゃんもあんなだし。あれさ、別に波長が合ってるとかじゃないと思うんだ」
「そうかな?」
「うん。良い感じに混ざり合ってるって言えばいいのかなあ。そういうのが好いなって思ったら、恋が遠退いた」
亜樹也の最後の言葉に寛太は吹き出した。亜樹也は時々わざと変な言い回しをする。ここでそれを引っ張り出されるとは思っていなかった。
一頻り笑った後、寛太は妙にすっきりとした気分になっていて、思わず首を捻った。亜樹也が可笑しそうな目で自分を見ている。
「寛太もキノちゃんのせいで恋が遠退いた!」
今まさにそんな気がした寛太は自分の気持ちにすっきりしながらも、思わず呟いた。
「亜樹ちゃん、あんまりだ」
ものすごい荒治療をされた気分でもあった。
「すっきりしたならいいじゃない」
「……そういう問題なの?! 俺、失恋したんだけど、一応今」
しかしよく考えたら、二人を見ていて好いなと思った時点でとっくに失恋していたのかと寛太は思い返した。失恋を引っ張り続けちゃっただけかと思うと、らしくない自分が間抜けに思えてきた。なずなに言ったら馬鹿にされるに違いない。
「……言いたくないけど、言わなきゃだめだよなあ」
「なっちゃん?」
「そう。あいつ心配性だから」