第四章(2)
香夜子たちはその日、屋上で日向ぼっこをしながらのんびりと弁当を広げていた。
いくつかある校舎のうち一番人気がないそこは、ぼうと寛ぐのに丁度良い。
何を話すわけでもなく、たまにぽつりぽつりと言葉を交わしながらそれぞれ心地好くゆったりとした時間を味わう。大事なのは一緒に過ごしているこの時で、常に言葉が必要なわけではなかった。
ぽつりと寛太が「キノちゃんさ」と、気持ちよさそうに空を仰いだ香夜子に言った。
「なあに? 寛太くん」
春の終わり、まだ少し涼しい風と温かな日差しを心地よく感じながら、香夜子はのんびりと問い返した。
その時、香夜子は陽気な太陽に朗らかな和夫を重ねていた。
ちらりとそんな香夜子の様子を伺ってから寛太が言った。
「アリ先輩と最近どう?」
お昼休みを過ごす場所は教室か学食か亜樹也が見つけたこの屋上。そうして四人が学食で昼休みを過ごす時はいつも和夫と稔が一緒だ。大抵あちらが遣って来る。
「どう?」という聞き方は変じゃないかと亜樹也となずなは思った。そして寛太の表情がどこか煮え切らないように見えた。きっとそんな風にしか聞けないのだろう。それならばわざわざ聞かなければいいのにと思わずにはいられないけれど、いろいろと思うところがあるのだろうから何も言えない気がした。
香夜子が答える前に、結局なずながなずならしくぽつりと言った。
「寛太っておばか」
これが今の寛太の勇気の在りどころかと思うと、寛太をよく知るなずなはへたれだなあと思わず思ってしまった。
寛太は何も言わなかった。
寛太は香夜子の返事を待っているのだと亜樹也は思った。
香夜子は聞かれたことに対してどう答えたら良いのかよくわからなかった。
少し呆れ気味のなずなは他所に、香夜子には難しい質問な気がするなあと、亜樹也は顔を背けてこっそり苦笑いを浮かべた。寛太の言葉はわかりやすい時の方が多いけれど、いつかといい、こういう時はまるで曖昧だ。
「どうってどういうこと?」
結局答え方がわからない香夜子は尋ね返すしかなかった。
「……キノちゃんと、アリ先輩て似合っているなと思って、さ」
また遠回しな言い方だなと、そして自虐的。亜樹也となずなが顔を見合わせた。ふたりは知っている。寛太は本当の答えが見つからない、見つけられないまま過ごしている。
こういうのに正解なんてあるのかなとなずなは思うけれども、寛太がそれを必要としている限り仕方ないこと。
こんな寛太はずっと一緒に過ごしてきたなずなから見ても珍しい。寛太はぱっと行動を起こす性格で、それは今まで誰かを好きになった時も同じだった。
「アリ先輩て、今日のお天気みたいなの」
考え倦んでいた香夜子がぽつりとそう言った。
寛太の様子が少し切なく感じた亜樹也は香夜子に聞いてみることにした。見ていたら丸わかりだから、今まで聞くまでもなかったけれど。
「キノちゃんはさ、先輩のこと好き?」
こういう時、香夜子はどんなわかりやすい反応をするのか、亜樹也はそんな興味もあった。
香夜子が俄かに顔を紅色させた。太陽のせいにしたくても無理がある。
俯いた香夜子はどんな言葉で和夫のことが好きだと言えばいいかなと考えた。考えたら和夫のご機嫌に笑う顔が浮かんできて、くすりと笑ってしまった。
「なんで今ので笑うわけ?」
思いがけない反応に亜樹也が楽しくなりながら尋ねると、香夜子が言った。
「なんとなく、先輩のこと考えたら笑っちゃった」
香夜子はそんな自分が可笑しくてくすくす笑いだした。
「んんー? キノちゃんてば絶対なにかあるー!」
興味に対するうずうずを溜めないなずなが香夜子に擦り寄った。
しかしなずなは、興味とは裏腹にとても素敵なことを耳打ちした。
「ふたりの秘密はふたりだけで大事にしたら良いと思うよ」
なずなにも誰にも言う機会がないから和夫とのことは言っていない。そんな風に思われていたことは意外だったけれど、なんて素敵なことを言うのだろうと香夜子は微笑んだ。するとなずなも嬉しそうに微笑む。
なずなは変わり者だってみんなが言うけれど、香夜子はなずなの豊かな感性による言葉選びがとても好きで心地好い。
「なんで内緒話なんだよ」
最初に話を振ったのは自分なのにと寛太は恨めしくなずなを見た。
亜樹也はどんな反応をするか見たかっただけだから、内緒話に関しては別にどうでもよかった。充分わかりやすくて面白い香夜子の反応が見られて満足だ。やっぱり香夜子はわかりやすくて面白い。
そのあと、「……好きみたい」とだけ香夜子が言った。
まるでどっちにも取れる言い方だなと思ったら、亜樹也となずなは吹き出しそうになってしまったが、香夜子にも寛太にも申し訳ない。どうにか堪えてみた。
香夜子は絶対に和夫が好きだ。その確信は全員の共通認識。それなのに「みたい」と付け足した香夜子が香夜子らしくて愛らしいなと三人は思った。
なんだか少し胸の内がすっとしたような、そんな感覚を寛太は覚えた。やっぱり好いなと思うのだ。香夜子と和夫が二人で過ごしているさまは。そんな気持ちの方が勝っているのだと寛太は思った。