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第一章(2)

 高校生となった春、香夜子かやこは新しい自分を発見した。教えてくれたのは、新しい生活が運んで来た大切なみんな。

 高校生活が少し経った頃、気が付いたら今までの自分と少し違う自分が居た。知らなかった自分が当たり前のように笑っていた。知らない自分を知ることは楽しいことだった。

 初めて知る自分の横顔、知らなかった友達の横顔、初めて知った好きな人の横顔。

 新しいことが苦手だった香夜子は新しいを知ることが好きになった。

 緊張するけど、わくわくする。緊張の先に何が待っているのか考えると、それは楽しみに変わった。

 香夜子はひどく臆病なところがある。

 誰かに自分から話しかけたり、人前に立つことなどが只管に苦手だ。

 話しかけられればそれほど臆せず振る舞えるから、友達を作る事は出来る。ただ、それはまるで受動的過ぎて、劣等感としていつも心の隅に在り続けていた。  

 後者の人前に立つこと、そこにはやり終えるまでに必要な勇気がいくつも存在する。



 入学式をどきどきしながら終えた次の日、初めて入った教室は陽の光が温かく見守っているようだった。南向きの校舎へさんさんと注ぎ込む太陽が新生活を祝福している。

 今日からこの教室が自分の日常の一部になるのだと思うと嬉しい。嬉しいけれど、香夜子は楽しい心持ちではいられなかった。

 開放的な校風に憧れて、自分からこの学校を選んだ。臆病な自分が少しでも変われたら、そんな勇気を抱きしめて。顔面蒼白で試験を受けた。面接時の記憶はさっぱりない。けれども受かったということは乗り越えられたということ。

 教室に入ったまでは、その事実が背中を少し押してくれていた。しかし嬉しいを覚えた次の瞬間から香夜子は怖くなってきた。

 出席番号順に充てがわれた席に着くと、机の上には高校生活の始まりを告げるいくつもの冊子やプリントが置かれている。

 香夜子は新しい生活の始まりに改めて緊張してきてしまった。

 大部分のクラスメイトは近くの席同士で交流を始めており、そこらの話し声ががやがやと教室を占める。香夜子に話しかけてくるクラスメイトがまだいない。後ろの席の子は更にその後ろの席の子と仲良くなったようだ。隣の席の男の子と前の席の女の子は物静かに話しかけて来ない。

 友達になりたいなと思いつつも、話しかける勇気が持てなくて、自分にがっかりした。



 教室の雰囲気に置いて行かれたのは香夜子だけではなかった。

 香夜子の隣と前の席二つ、三人のクラスメイトは決して物静かな性格ではないのに、「どうしよう!」とどぎまぎたじろいでいた。

 揃って誰とでもすぐに打ち解ける性質を持っているのに、自然とそうして来たことが今は仇となっていた。完全に乗り遅れたこの状況の中で、意識的にどう動けばいいのか思いつけない。

 やたらと緊張している四人が固まった席に収まっていると、知れず互いの緊張が伝染していく。どんどん「どうしよう」だけが頭の中をぐるぐると占めていく。

 香夜子の隣の席の亜樹也あきやは香夜子に話しかけてみたい。前の席の寛太かんたにも話しかけてみたい。寛太は亜樹也に話しかけてみたい。寛太の隣に座るなずなは後ろの席の香夜子に話しかけてみたい。

 寛太となずなは腐れ縁という良く知った仲であるのに、二人で話をすることもなく、どうしてかひとりでひたすらにもじもじとしている。

 香夜子は話しかけてみたいけれど、どうしたらいいのかわからないのではなくて勇気だけが欠けていた。

 どんな言葉を掛ければいいのか、想像は出来る。勇気を出せばきっと声を掛けることは出来る。出来ないわけじゃない。しかし緊張が走り過ぎてその勇気を出すどころか持てない。

 賑やかな教室の中で、ぽっかりと四人だけが静かに揺れていた。落ち着くことが出来ずにひたすらとそわそわしていた。それが邪魔をして、余計に行動に移せない。

 そのうちにホームルームが始まり、担任教師は挨拶そこそこに新学期の流れを説明し始めた。  



 この後自己紹介が来たらどうしよう。香夜子は次第に焦り始めた。

 香夜子と共にぽっかりと浮かんでいた他の三人は、そういったことへ緊張を持つような性質ではなく、むしろ塵ほども気に掛けない。

 問題は今の自分のありさまである。誰にも話しかけられずにいる自身を三人とも不思議に思う、不思議過ぎた。それが更にそれぞれの緊張を招く。

 三人は香夜子とは逆さまで、早く自己紹介に入ってほしいと切に願う。

「木ノきのした楠田くすだ

 突然名前を呼ばれた香夜子と亜樹也は、裏返りそうに驚いた声で「はい!」と条件反射で返事をした。

「前期はね、成績順でクラス委員を決める約束事がうちの学校にはあるんだよ」

 香夜子の顔が青ざめた。クラス委員などやったことがあるわけない。

 亜樹也といえば、不安は少しも感じずに胸をわくわくさせた。

「木ノ下、大丈夫?」

 担任教師が様子の芳しくない香夜子を気遣わしく伺った。

 どうしようもなくて、香夜子は必死に頷いたものの、不安しか覚えない。

 こくりこっくりと首を縦に振った覚束ない香夜子の姿が可愛らしくて、亜樹也は楽しくなった。

 早く話しがしてみたい。けれど、なんて話しかければいいのだろう。

 と、香夜子の受け答えが少し面白くなってしまった呑気な担任教師が続けて言った。

「委員長は木ノ下だから。楠田、よろしくね」

 表情を引攣らせる香夜子にクラスの視線が興味深く集まったが、本人はまるで気付かない。亜樹也だけでなく、クラスメイトみんなは香夜子のそのさまに不思議と好意的な好奇心と親近感を沸かせた。

 なんだか面白そうだ。頼りない委員長だけれども、楽しい毎日が始まる合図のようだと心が躍る。

 香夜子は緊張や不安の渦の中で、もはや何をどう整理すればいいのかなんてわからない、頭が追いついてくれない。

 臆病な自分への劣等感を覚える隙間にすら気付かなかった。

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