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第三章(5)

 学食の窓際、陽当たりが良い場所で和夫と稔は数人のクラスメイトと共に昼食を摂っていた。近くで聴こえるやたら賑やかな話声に、二人はたまたま視線をやった。

「キノちゃんだね、和夫」

 稔が和夫を揶揄った。

 そういえば、一緒に昼食を摂ったことがなければ学食で香夜子を見かけたこともない。級長会、委員会室での活動、その後の下校時やたまに登校時、和夫はそれ以外の香夜子がどんな顔をして過ごしているのかを知らない。

 話で盛り上がっている他の友人たちに和夫が声を掛けた。

「なあー、おれたちちょいと移動するわー」

 俺たちということは自分もかと稔は思った。こういう時なら面白いから応援してやらなくもない。

 稔は先に席を離れて香夜子たちのところへやって来た。そうして同席しても良いかと聞こうとしたのに、思わず違うことを言った。

「あ、やっぱり。カレースパ食べてるんだね」

 寛太となずなは壇上に居る稔しか見たことがない。生徒会長にいきなり声をかけられた二人は、驚いてから香夜子を見た。声を掛けた稔は香夜子を見ている。

「キノちゃん、僕たちここに来ても良い?」

 そう言った稔が和夫の方を見たから香夜子もそちらに視線を遣った。

 和夫を捉えた香夜子が柔らかく微笑んだ。その様は嬉しそうで照れくさそうで、そんな香夜子は安堵を覚えていた。みんなと一緒に居るのとは違う安心感を和夫はいつだってくれる。

 亜樹也が先日の寛太のことを思い出して笑い出した。思いっきり寛太の方を見て笑っていると、寛太が青くなりかけた。なんとなく気付ているなずなが馬鹿にした目を寛太に遣ったのだ。

 「どうぞ!」と言ったのは香夜子ではなくなずなだ。

「よかった、ありがとう」

 そうして微笑むと、稔は和夫へ知らせに戻った。

「和夫、来て良いって」

「どうして稔が聞きに行くわけ?」

「直接断られたら、どうせ和夫落ち込むでしょう」

 それを言われると和夫はぐうの音も出ない。稔にはいろいろ知られ過ぎている。全部自分のせいだけれど。それはさて置き、嬉しい出来事に和夫の相好は全開に緩んでいた。



 香夜子の隣に和夫が遣って来て、稔はその向かいのなずなの隣に腰を下ろした。

 なずなの隣は亜樹也、寛太が今くらい隣は嫌だと言い張ったためだ。同じような理由でなずなは今香夜子の前に座っている。教室の机を挟んで話すのと気分が少しだけ違った。

「おれたち邪魔じゃない? 香夜ちゃん」

 腰掛けようと椅子を引きかけて、和夫が言った。稔は当に座っている。そして、こちらに行くと言い出したのは和夫だ。やっぱりこういう時の和夫は間抜けだなあと稔は面白くなった。

「邪魔だなんて」

 委員会室以外で和夫と過ごせることが嬉しいと言える度胸は香夜子にはないけれど、あまりにも嬉しそうに言うから、和夫はなんだか照れ臭くなってしまった。うっかり手が香夜子の頭に伸びそうになって、慌てて引っ込めた。

「うん、なら良いんだ。ありがとう」

 和夫の朗らかさに香夜子はほっとした。和夫の笑顔はいつもほっとさせてくれる。我儘なのはわかっているけど、和夫だって忘れていいとわがままを言っている。

 和夫は腰を下ろすと、四人が食べているメニューを見て勢い良く言った。

「全員、カレースパ!」

 そういう和夫もカレースパである。稔は和夫がカレースパ以外のメニューを食べているところを殆ど見たことがない。今日の稔は弁当。学食で弁当を広げてはいけないというルールはない。和夫と稔は弁当持ちの日もいつも誰かとここで昼食を摂る。

 寛太の斜向かいでなずなが今日一番の嬉しそうな顔をしている。

「美味しいだろ!」

 自分の好物をみんなで食べてることに嬉しくなった和夫の目が輝いている。

「美味しいです!」

 全員が美味しいと言いかけてたところに、満面の笑みのなずなが一番に答えた。

「だろだろー! これ食べちゃったらもう他の食べられなくなっちゃうよ」

「そんながします! えーと……アリ先輩が教えてくれたんですよね?」

 そんな遣り取りを始めた和夫となずなは一瞬で意気投合してしまった。

 和夫となずなの楽しそうな顔を交互に見つめて香夜子がくすくす笑っている。二人の笑顔は心をときめく形に緩ませてくれる。

「あ、おれの名前知ってたんだ!」

 名前というよりニックネームだよね、と和夫の向かいで稔が肩を震わせて笑っている。上戸の亜樹也はとっくにくすくす笑いだしていた。寛太は、なずなはどこへ行っても相変わらず過ぎるとため息を吐きたいけれど、昼食が不味くなるから諦めて和夫と稔に興味を移した。

 ただ、寛太はどうしても気になって仕方がなかった。駅で見かけたあの時よりも、香夜子と和夫の距離感が縮まっている気がした。胸は温かみを覚えたのに、どこかにきゅうっとしたものが残るった。



「なっちゃんとアリ先輩て、なんだか似ている?」

 カレースパから意気投合して話を盛り上げ続けているなずなと和夫を見ていたら、思わず香夜子の口からそんな言葉が飛び出した。同じことを考えていた稔が吹き出した。

 亜樹也は、それ言っちゃったら余計に意気投合して寛太が迷惑がりそうだと苦笑いを浮かべたが、向かいの寛太を見たらなんだか嬉しそうな寂しそうな複雑な顔をしていた。

 なずなと和夫が感動を分かち合うように目を輝かせている。

 押し付けることは好まない。ただこの子が好きで大切だと思う。ふたりともただそれだけ。

 和夫はなずなが本当に香夜子のことが大好きなんだろうなと思ったし、なずなも和夫は香夜子のことが大好きなんだろうなと思ったら、ふたりの間に連帯感が生まれた。

 寛太は自分もその中のひとりになりたいような、けれども少しふたりとは違うような、少し困った気分になった。亜樹也とも自分は違う。まあ、いいやとその時の寛太はあっけらかんと割り切ったつもりだった。

「キノちゃんの友達はみんな面白いね」

 稔の言葉に、寛太と亜樹也があからさま過ぎるほど嫌そうな顔をした。なずなと同類にされたくない。稔はそんな反応が返ってくる気がしてわざと言ってみたのだった。稔も和夫と同類にされるのは親友でも嫌だ。

「ふたりとも顔に出てる」

 香夜子が指摘すると、なずなが「ひどい!」と苦情を吐いた。

「会長、これと同類に括るのはあんまりです!」

 寛太が稔にそう訴えると、なずなが欠かさず言った。

「わたしも! こいつとだけは一緒にされたくないです!」

 「会長は」と言いかけた亜樹也に、稔が「嫌」と一言、万遍の笑顔で言った。

「……全員ひどいな」

 自分ごとも含まれているのに、和夫は気にした風もなくそう言うと隣で笑っている香夜子を見た。

「香夜ちゃんはおれの味方だよね?」

 擽ったそうに「もちろん」と言った香夜子に全員の視線が集まる。そうして慌てて香夜子は言い直した。

「わたしはみんなの味方、です」

 一様な表情を浮かべて一様な感覚を覚えたものの、内心で思ったことはそれぞれだ。

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