第三章(2)
これってやっぱり一目惚れに入るのかなあと今更ぼんやり考えていた和夫に稔が声をかけた。
親友であるふたりは中学時代、生徒会で一緒に様々なことを行った。同じクラスになることが出来たのは初めてだ。今更だけれどもやはり嬉しい。
「うわあ、気持ち悪いくらい嬉しそうな顔」
「なんだよ、それ」
稔は歯に衣を着せない、いつだって。稔がそう言うのだから随分嬉しそうな顔をしていたのだろうと和夫は諦めた。
「全くわかりやすいよね、和夫は」
「いいじゃんか。単純に楽しんだもの勝ちだろ、なんでもさ」
和夫はいつも稔にそんなことを言う。稔はもちろん和夫がそれだけではないことを知っている。
単純と本人が言ったそれは間違っている。楽しむ為にいつでも和夫がしている気配りはきっと単純とは違う。どうしたら周りのみんなに楽しんでもらえるか、和夫がいつも考えながら過ごしていることを稔は知っている。
「で? どうして最近いつもに増してご機嫌なの」
そもそも和夫がご機嫌じゃない時がまるで少ない。そのご機嫌が倍増しているような様子は、面白いが大部分を占めるけれど、面倒くさいの面積もそれなりにある。
「一緒に居られる時間がさ、なんだかどんどん増えていくんだ」
そう言いながら和夫は香夜子のいろいろな表情を思い浮かべた。愛くるしい香夜子の顔を思い浮かべると、いつもこころが快くなる、楽しくなる。軽やかに弾む。
和夫の様子に、稔が呆れ気味に言った。
「そりゃよかったね。和夫の間抜けさがバレないように応援してあげる」
和夫が心を躍らせている相手は丸わかり。あの子は手強そうだと稔は思う。
和夫は物怖じしない性格をしているくせに、恋になると途端に奥手と化す。稔からするとそれは面白くて仕方がないのだけれども、和夫本人は自分の不甲斐なさにまるで気づかずに落ち込んだり浮かれたりと忙しい。
「……おれ、もう間抜け振り晒しちゃってる」
「へえ、なにやらかしたの?」
目を輝かせてそう聞いてきた稔が憎たらしい。
和夫の机の横で立ったまま話をしていた稔が、空いている手前の机の椅子を引いて勝手に座り込んだ。にこにこ早く言えという顔を和夫に向けている。わくわくしているのが手に取るようにわかる。
「……言っちゃったんだよ、この間」
あれはきっと香夜子よりも和夫本人が驚いた。あんなにさりげなく好きだと言えてしまったことは不思議だった。好きだなんて自分から言えたことがない。
「で? 何を言ったの?」
言いたくないけれど、言わなければ稔が延々教えてと聞いてくるに違いなかった。
「好きだって言っちゃったんだよ」
意外な返答に稔は驚いた。
あれから数週間が経った。香夜子は変わらず接してくれて、頭を撫でてしまっても照れくさそうに笑ってくれる。
「困らせていないか、不安」
「不安なのに嬉しそうな顔してるって、それも間抜け」
「嬉しいんだもん」
「でも不安なんでしょ?」
「それとこれは別なんだよ」
あまりにも和夫が嬉しそうに言うから、稔は一応うまく行くことを祈ってあげた。憧れの先輩やいい人止まりで済まないといいねと。
見ているだけで面白いから、面白い事態が起こる時だけは応援してあげようと思う。
全く見ていて飽きないと、稔は和夫と居ることが楽しくて、とにかく好きだ。