その17
その17
早朝、まだ”蒼天の銀翼”起きだす前、村のはずれで俺とあずみは木刀を振っていた。
初夏である。
足元に生い茂った草むらは、朝露に濡れ、重たげに首を垂れている。
すり足で、流れるように動く足元を朝露が濡らす。
アズミが手に持っているのはアズミの刀よりも長くて重い、その辺の木の枝を払って作った木刀。俺の刀、”高橋長信改"を想定している。
前日、ブラッディーベアと戦ってみて、”籠手切江”では刃渡りが短過ぎて、なかなかダメージを与えらかなかったからである。
アズミは魔力による身体強化を使って、せめて”高橋長信改"を扱える必要に迫られ、俺はと言うと、やっと、異世界転生物語のスタートラインが見えてきて、そのスタートラインに立たんがためである。
本来、異世界転生の物語では大盛り魔力と、チートスキル、おまけに現代日本の先進文明的知識を使って、お気楽極楽で好き勝手に無双しまくるのが定番である。
にもかかわらず、俺はと言うと、魔力は大盛りで頼んだはずが、この世界に与える影響が大きすぎて、うかつに魔法も知識も使えきれずにいる。結局、自由に使えるのは引き籠りでヒョロヒョロした肉体だけ、チートどころか飛んでもペナルティー状態だったわけである。
しかし、やっと分かって来た事だが、魔力による身体強化と、刀の強化ならば、俺の持っている魔力を全力で使っても問題は起こらない。もう一つおまけに生活魔法ならば、あるいは生活魔法と言い張れる範囲ならば、遠慮なく魔法は使えそうである。
生活魔法単体では攻撃として、まともにダメージを与えることはできないだろう。しかし、刀とコンビで使えば、また話は変わってくる、と、思う。
それで私には私の剣術が必要になってくる。
イメージは昔からある。
それは、秋の紅葉の舞い散る中で、私も落葉とともに舞うように振った剣の姿である。
だがそれだけでは現実的ではない。
ただ刀を舞うように振っただけでは相手を倒すことはできない。それが武術として機能するためには、虚と実、静と動、柔と剛、相反する動きを表裏一体化し、紅の葉がひらひら舞うように、虚と実が、静と動が、柔と剛がくるくると、ひらひらと、姿を変えながら、柔らかくしなやかに舞い踊るとき、私の剣の礎が定まるのである。
本来の私の肉体的能力ではこのような技術は到底なしえない。しかし、魔力で肉体を強化し得るならば、筋肉だけでなく、神経も、視力も強化し得るならば、話は全く別物となる。
そのために俺とあずみはここにいる。
裂ぱくの気合を込めて、 全身の全エネルギーを乗せて、アズミの刀と切り結ぶ。何度も何度も切り結ぶ。そしてその後は影抜きの練習である。全力で切り結ぶと見せてすり抜ける。あるいは、切り結んだ瞬間にすり抜ける。
私の体格では剛一筋の武術は無理である。かと言って、剛のない柔はただのヘタレである。虚と実、柔と剛、静と動の輪舞、これが私の求める剣の姿である。
私はこの輪舞を相手の間合いの中、相手が振り回す剣のきらめきの中で舞い踊ろうと思う。
”蒼天の銀翼”が姿を見せた時、俺とアズミは訓練を終え、小川の水で汗を流していた。もちろんアズミは裸を見せる訳にはいかないので、馬小屋の飼い葉おけに水を汲んで藪の陰に引きこもっている。
「おーい! 行くぞ!」
ダンの号令で旅が始まる。
村の長からはせめて朝飯を食ってけと言われたが、昨日のブラッディーベア討伐で時間がつぶれた分を少しでも取り戻したかった。ワイバーンに見つからないように山を越えるのに、時間を大目に見ておく必要があった。
せっかく作ったからと言う朝飯を有難く弁当にしてもらって、各自適当にかじりながらワイバーンの山脈を目指す。
山脈に近づくと道は森の中になる。しかし、さして高くもない山を登り始めると、樹木は消え、岩だらけの山道になった。
ビートを斥候に出し、先行させて様子を見ながら山道を進んでいく。ワイバーンの武器は嘴と爪の他に飛び道具のウィンドーカッターを持っている。こいつが厄介である。
嘴やカギ爪ならば反撃のしようもあるが、離れた上空からウィンドーカッターを撃たれたら、岩の陰に逃げ込むしかない。
したがって、もしワイバーンが現れたら、どの岩に逃げ込むか想定しながら進むことになる。
まあ、いろいろ安全を考えて、いろいろ手を打って行って、何も起きずに、その作業のすべて無駄に成ると言う事は、良い事である。今回も無事、無駄な努力の積み重ねで済んで万歳なのである。少々疲れてイライラはするけど。
夕方、今度の依頼のベースになる村に着いた。正式な宿はなく、7名の大人数で3泊もする予定では村人の世話になるのも心苦しく、使っていない納屋を借りて、そこを基地にすることになった。
竈は外に即席で作り、ベッドは藁の束を集め、肉はブラッディーベアの残り、パンと野菜は村人から買い求めれば、下手な寒村の安宿より居心地はよかったりする。少なくともダニやシラミの心配はない。
「カズ、どこに行くの?」
納屋を出ようとすると、アズミから声がかかる。
もう外はすでに暗い。
「ちょっとな、生活魔法で試したい事が有る。」
言い置いて、カズは木刀を持って村はずれまで来た。
刀を八相に構え、魔力を集める。イメージは火炎放射器の炎。それを袈裟切りの切り下ろしとともに発動する。
「グッ、オ、オ、お! やばー!!」
いきなり膨大な魔力を吸い出されて、慌てて中止する。
”やばい、ド派手なイメージだけで、燃料の分子構造とか、酸素の混ぜ方とかをしっかり特定しないでやると、こう言う事になるのか。”
いちおう、火炎放射のような炎の噴射はできたが、射程はせいぜい2m、それでカズの持っている魔力の半分近くが消えてしまった。もう1発同じ奴を打ったら、魔力切れで倒れてしまうかもしれない。魔力量だけはこの世界でトップクラスであるはずのカズがである。
つまり、この世界の最大魔力者でも生活魔法をこのレベルで打つと、実質1日に1回しか打てない、おまけに射程は2mしかない。これでは生活魔法だけでは攻撃には使えない。
しかし、目つぶしとしてならば…・どんなにしょぼい炎でも直接目の玉を炙られれば失明する。絶対に避けざるを得ない。刀の切込みと同時に至近距離から顔面への炎の攻撃はとんでもない威力があるはずだ。
射程だけは維持しつつ、魔力は抑えに抑えて、トーチランプクラスをイメージしながら、2回ほど練習して納屋に戻った。
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