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7 思い出せ。野郎の殺意にまみれたパンチを!


「っしゃあ、オラァッ!」


 翌朝。俺はとても清々しい朝を迎えていた。


 『あんなことやこんなこと』


 それがいったい『どんなこと』なのか。考え始めたら止まらなくなり、後ろ向きだった俺の心は前へと歩みを始めた。


 滾らせた復讐の業火は行き場もなく、ただ悶々と彷徨うだけだと思っていた。けれども答えを見つけた。明確にブツけるべき矛先をみつけたんだ。それは──。


「おっぱい!」


 即ち、傍観者からの卒業。

 自らをおっ〇ブ通いの男と卑下しておきながら、ただ眺めることしかできなかった男の下克上!


 この決断に至るのと同時に、殴られた痛みはスッと消えた。


 痛かったのは俺の心だった。

 外的損傷はさして問題にするほどのものではなかったんだ。


 心的ダメージが有りもしない物理的ダメージを生み出していたんだよ。


 だから揉まなければならない。

 揉み揉みしなければならない。

 俺はお前のおっぱいを揉みしだかなければならない!


 想い出がすべて嘘に書き換えられても──。

 俺たちの過ごした時間がどんなに嘘にまみれていようとも──。


 Aカップ。Bカップ。Cカップ。Dカップ。Eカップ。Fカップ。そして、Gカップ。


 その歩みに嘘はなかった。

 おっぱいだけは本物だった。


 嘘を払拭できるのは真実だけ。嘘偽りないGカップに触れることで、俺は前へと進める。暗く閉ざされた未来に光が差す!


 悶々とした日々にサヨナラを告げるために、俺はお前のおっぱいを揉む!


 揉み揉みする!


 揉みしだく!!


 ってことで、もう一発!


「っしゃあ! オラァッ!」


 覚悟を言葉に!


「揉む! 揉み揉みする! 揉みしだく!!」


 もひとつおまけに!


「環奈のおっぱい揉みしだく!!」


 と、ここで──。ノックもなしに俺の部屋のドアが開いた⁈


「────ッ?!」


 真奈美?! 


「ちょちょちょぉお! か、勝手に開けたらダメだろ?!」

「いや~。朝から騒がしいからさ、なにごとかと思って?」

「べ、べつになにもねぇよ!」

「ふぅん?」


 まずった。頭の中がおっぱいでいっぱいで、家庭内リスクマネジメントを怠ってしまった。


「ち、違うんだ。揉み揉みするだの揉みしだくだのって聞こえたかもしれないが、お、おおおおっぱいのことではないんだ! 断じて違うんだ!!」


 言ってすぐに思い出す。ドアが開く直前に《《環奈のおっぱい揉みしだく》》って言ってしまっていることに……。


「いやいや。そんな必死になって隠さなくていいから。喝入れしてたんでしょ? 心構えとしてはいいんじゃない?」


 あっ……れ? あー……!

 そういえば真奈美はパイモミ肯定派だった。むしろ推奨派!


「だろっ? お前ならわかってくれると思っていたよ」

「切り替え早くない? まぁでもさ、喝を入れるならもっと大切な言葉があるよね? 今のお兄を見ているとさ、おっぱいを揉むことだけしか考えてなさそうじゃん?」


「………………………………」


 確かにそうだな。揉み揉みすると気合いを入れるだけで揉めるのなら、とっくに揉めている。今回俺が確たる自信を得て、揉む決断に至ったのは言霊のおかげだ。


 活力を滾らせる魔法の言葉! 


「あんなことや、こんなこと!!」


 暗闇に落ちていくだけだったはずの俺に、光を差してくれた。


 この言葉なくして、パイモミは語れない!


「は? 違うでしょ?『やられたらやり返す、催眠術で!』でしょ?」


 えっ。あー……。


「そういやそんなことも言ってたな。すっかり忘れてたよ」


 何故か真奈美はガッカリするように首を振ると、神妙な面持ちに変わった。


「いい? やり方を間違えたらあんなことやこんなことにはならないの。大義名分を忘れた『おさわりまん』は『おまわりさん』に捕まっちゃうんだよ? なーんかイマイチわかっていなさそうで心配なんだけど? わたし、やだよ? お兄がおさわりまんとしてお茶の間のニュースに流れるのなんて」


「なっ?! た、大義名分?! おさわりまん?!」

「なんで驚くかな? 復讐するんでしょ? やられたからやり返すんでしょ? 催眠術でさ」


「あっ……」


「あのさ、ただ揉みたいだけの男に揉めるほど、環奈ちゃんのおっぱいはチョロくないからね? ていうか揉みたいオーラ全開で正面からぶつかったら、普通に殴られるだけだから。環奈ちゃんってそういう子だし、未だに好き同士の二人が恋仲に発展してない時点で答え出てるでしょ?」


 真奈美の言う通りだった。《《大好きなお兄ちゃんゆえに願望》》が入ってはいるけど、確信をついている。


 いつの間にか俺は、ただおっぱいを揉めばいいものだとしていた。


 環奈のおっぱいはタダじゃない。


 問題は揉んだあとだ。


 そもそもおっぱいとは同意の上以外では揉んではならない。


 スカートめくりに勤しむ少年たちだって知っていることだ。

 パイモミとは『ちょっと男子ぃ~!』で、済まされる行為とは明らかに一線を画している。


 だからこその催眠術……。


「ほら、思い出したなら忘れないように声に出そっか? やられたら、やり返す。催眠術で! 復唱して? さん、ハイ!」


 そうだ。またいつなんどき、おっぱいに思考を支配されるとも限らない。


「やられたらやり返す催眠術で!」


「元気がないよー? 三節で詠唱するように、言葉を噛みしめるように言って! 『やられたら』『やり返す』『催眠術で』 さん、ハイ!」


「やられたら、やり返す、催眠術で!」


「違う違う。ぜんっぜん違うから! お腹から声出して! もう一回! さん、ハイ!」


「やられたら、やり返す!! 催眠術で‼︎」


「ねぇ、やる気あんの? もう少し気持ちを込められないかな? このままだと単なるおさわりまんになっちゃうからね? そうならないためにも心を込める。こんな感じに! やられたら……やり返す。……催眠術でぇッ‼︎」


 すごい。恨みが言葉から伝わってくるようだ。


 思い出せ。野郎の殺意にまみれたパンチを──。憎しみを燃やせ。燃やせ。燃やせぇぇえええええ。


 うおおおおおおお! 滾って来たぁあああああ!


「殺られたら、ヤリ返す……。……催眠術でゅぇえッッ‼︎」


「まぁ少しはマシになったかな? 今の感じを忘れないでね。あくまでおっぱいを揉むのはおまけ。メインは催眠術で復讐するってところにあるんだからさ」


「あぁ、忘れない。揉んでやるよ! 揉み揉みしてやる! 揉みしだいてやる! 催眠術で!!」


 そうだ。これは復讐だ!


 断じて俺は! おっぱいが揉みたいわけではない!!

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