幕間
……まったく、今日は厄日だ。
ノワールガイストによる黒鉄重工の襲撃から始まり、兄さんの駆るクロガネは破壊されてしまう。
さらにようやくお礼を言えると思っていた彼とは入れ違いになり、結局会えず仕舞い。
兄さんが無事だったのは不幸中の幸いだが、こうも立て続けに悪い事ばかりおきるとは。
自らの不幸を呪いながらも最後の調整に勤しんでいると、ボク用の研究室に突如として警報が鳴り響く。
研究室から飛び出しラボの入口を守っている警備員に何事か尋ねると、この支部が襲撃を受けたと帰ってきた。
……あまり時間をかけられないな。
すぐさま研究室に戻って最後の調整を終せると、そのデータを格納庫へと転送したところで、発砲音が鳴り響いた。
……発砲音の大きさから推察するに、ラボの入口辺りで戦闘が起きたようだ。
その後も暫く戦闘音が響いてくるが、やがて静かになり、その後すぐに部屋の外からドタドタと騒がしい音が聞こえてくる。
「多田博士を探すオニ! どこかにいるはずオニ!」
……鬼たちにたおされた警備員たちの事も心配だが、まずは自分の心配をしなくては。
どうやら、襲撃者の狙いはボクらしい。
JDFのような公的機関からノワールガイストみたいな悪の組織にまで引っ張りだこだなんて、これが超天才の辛いところだ。
……余計なことを考えて恐怖を紛らわし、身体の震えを押さえながら部屋に備え付けられた通信機を手に取る。
「こちら、五階ラボの多田だ! 敵の襲撃を受けているから、至急応援を――」
簡潔に状況を伝え、応援を呼ぼうとした最中。
突如として室内の電灯……いや、電子機器の電源が全て切れてしまい、通信が途切れてしまう。
部屋に備え付けられた予備電源によって殆どの電子機器はすぐに復旧したが、残念なことに通信機は壊れてしまったらしく、何度ボタンを押しても動くことはなかった。
「この部屋オニ! 多田博士のネームプレートがあるから、きっとこの部屋オニ!」
……覚悟を決めるか。
部屋の扉が開き、一匹の鬼が侵入してきた瞬間、ボクは懐に隠していたエナジーピストルを構えると、鬼に光弾を撃ち込む。
護身用にエナジーピストルの携帯許可を貰っていてよかった。
本当に使う事になるとは思ってなかったけど。
「ぐえーオニ!」
撃たれた鬼はわざとらしいやられ声をあげながら倒れ、起き上がらなくなる。
「一人やられたオニ! 小娘といえど油断は禁物オニ!」
しかし、倒れた鬼の後ろにはまだ何匹もの鬼がいる。
幸い鬼達はボクの持つ銃を警戒し、中々部屋の中に踏み込んでこなかった。
このまま応援が来るまで持ちこたえる事ができれば、何とかなるかもしれない。
「どうするオニ? 誰が一番最初に――」
「ここは私に任せて。貴方達はラボに人が近づかないように外で見張っていてください」
明らかに鬼のものとは異なる少女の声が、部屋の外から聞こえてくる。
どこか聞き覚えのあるその声に嫌な予感を覚えながらも、いつでも発砲できるように部屋の入口に銃口を向ける……が、姿を現した人物を前にして、ボクは引き金を引くことはできない。
……やっぱり今日は厄日だな。
「お久しぶりです、多田さん。暫く見ない内に随分怖い顔をするようになりましたね」
「……やあ、水城さん。君に会うことは、もう二度と無いと思っていたよ」
柔和な笑みを浮かべながら目の前に現れた少女の名は、水城雨。
ボクが通う高校の元同級生で、容姿端麗成績優秀。
入学したばかりながら、教師や生徒の人気や信頼はかなりのものだった。
しかも、悪い意味で有名なヒーローオタクや、その友人ですっかり冴えない雰囲気になった彼にも分け隔てなく接していた人気者で、ボクの友人の一人。
……いや、友人の一人だったと言った方が正しいな。
彼女はある日突然、超能力者としての正体を表して反超能力者団体に攻撃を仕掛けた。
恐らくは自身の邪魔になる団体を排除しておきたかったのだろうが、一人のヒーローによって彼女は倒されて警察に捕まり、当然高校も退学してしまった
「たしか、刑務所に収容されてた筈だろ? どうして外に出てきているんだ?」
「あれ? 少し前にニュースになってたから知ってると思っていたんですけどね。仲間に助けてもらったんです」
水城さんの言う通り、ニュースになってたから彼女が脱獄していたのは既にボクの耳にも入っていた。
色々あって楓花ちゃんと気まずい雰囲気になった兄さんを、襲撃された刑務所で戦う楓花ちゃんの元へ口車に乗せてクロガネを装着させて向かわせた事件。
数人の脱獄者を出してしまったが、その中に水城さんの名前を見つけてしまった時は、本当に驚いた。
……そういう訳で水城さんの脱獄を知ってはいたが、助けが来るまでの時間を稼ぐ為に知らないふりをしていた訳だ。
「……君が脱獄できた理由はわかったけど、何でJDFの支部に現れた? 自首でもしにきたのかい?」
「そんなわけありません。こんな場所まで私自ら足を運んだのは、貴女を勧誘するためですよ、多田さん」
やはりそうか。
ボクの天才的な頭脳をもってすれば、敵の目的を見抜く事など容易い。
だからといって、この状況を打破する策は流石にすぐには思いつけないけど。
「それなら無駄足だったね。ボクが悪の組織に強力するとでも思っているのかい?」
「悪の組織とは、随分な呼び方ですね。私からすれば無能な人間によって支配されているJDFこそが悪の組織だとおもっていますが、まあそんな話はどうでもいいです。大事なのは貴女が私達の仲間になるかどうかで、きっと貴女はイエスと答えてくれます」
……ボクが水城さんの勧誘に乗るだって?
「私達の理念は超能力者をはじめとした、優れた人間によって執り行われる完璧な統治。それを実現するべく私達はノワールガイストに集まったのです」
「さっきも言ったけど、ボクは君達の仲間になる気はない。わかったら早く帰って――いや、大人しく自首するんだな」
水城さんの妄言に改めて彼女達の仲間になることはないと伝えるが、ボクの言葉を聞いた彼女はクスリと笑う。
「何がおかしいんだい? ボクからしたら、君達の方がよっぽど――」
「多田さん、一部の天才達は多数の凡人達によって足を引っ張られ、理不尽な悪意に曝されるもの。それは貴女なら身に沁みてわかっていますよね。そして、そんな世界が間違っているという事もね」
……彼女の言う通り、昔から下らない嫉妬や羨望から理不尽な嫌がらせを受ける事もあったし、その度に仕返してやろうと思った事もあった。
水城さんは黙り込んだボクの様子を見ると、手を差しのべながら近づいてくる。
「私達は、理不尽な世界を変える為に戦っているんですよ。貴女も同じ志を持つ仲間になれるはず。さあ、私の手をとり、一緒に――」
「残念だけど、それはできない!」
無用心に近づいてきた水城さん目掛け、エナジーピストルを発砲する。
「ボクの家族には君の言う凡人というやつがいてね、お蔭で君達ほど今の世界を嫌ってないのさ! ボクをスカウトしたいのなら、もっと身辺調査をしておくんだったね!」
……確かにボクは嫌がらせを受ける事もあったけど、世の中そんな人間ばかりではないという事を知っている。
少なくとも兄さんや楓花ちゃんはボクが間違わない限り、ボクの味方でいてくれる。
怯む水城さんの横を通り抜け、出口を目指して走り出す。
ここまで待っても助けが来ないのなら、自分から逃げ出すほかない。
水城さんを相手するよりは、鬼たちを相手した方がいくらかマシな筈だ。
出口の扉を開き、そのまま外へと飛び出そうとする……が、目の前に映った光景にその場で足を止めてしまう。
「……嘘だろ?」
部屋の外はラボの廊下に繋がっていない。
……いや、どことも繋がっていなかったのだ。
「多田さんが断った時の事を考えて正解でしたね。部屋ごと持ってきちゃいました」
眼下に広がる市街地を呆然と眺めていたボクに、水城さんが声をかける。
「へ、部屋ごと持ってきたって、何を言ってるんだ!?」
扉を閉め、水城さんの方へと振り替えると、動揺を隠しきれず叫んでしまう。
「そのままの意味です。外からウォーターカッターで部屋を取り出せるように切り抜いて、水に浮かせて運んでいます。知っているとは思うけど私、水を操る超能力者なんですよ」
くそ、研究室の場所を決める際に見晴らしが良い外側を選んだのが仇になったか。
先程までと変わらぬ笑顔を浮かべてネタバラシをする彼女をよそに、何とかして逃げ出すべく頭をフル回転させる。
水城さんを倒すのは無理だ。
先程のエナジーピストルの一撃は完全な不意打ちだから当たっただけだろうし、そもそも火力が足りなさすぎる。
「さて、交渉決裂した事ですし、少し強引な手段をとらせてもらいますよ」
改めて周囲を見渡してみればあちこちから火花が散っているし、まともに機能するのは手元のエナジーピストルと、こっそり作ってみたアレくらいだろうが、ボクでは使えない。
「少し眠ってもらいます。そう怯えなくても大丈夫ですよ。次に目が覚めた時には、素直に強力する気になっている筈ですから」
打つ手無し。
ボクはその場にへたりこんでしまい、近づいてくる水城さんから逃げるべく、我ながらみっともなく後ずさるが、すぐに出口扉にぶつかってしまう。
……落ち着け、ボクが捕まっても、きっと楓花ちゃんや兄さんが助けにきてくれる筈。
手遅れかもしれないが無様な様を見せないように水城さんを睨み付ける。
次の瞬間、大きな爆発音が響いて天井の一部が落下し、続けてボクと水城さんの間に割り込むように人影が降ってきた。
「……また私の邪魔をするつもりですか」
以前と同じく赤と黒のスーツを纏ってフルフェイスのヘルメットを被り、深紅のマフラーを靡かせて彼は目の前に現れた。
……よく観察すればその姿は前に見たときとは違い、あちこち傷だらけでボロボロだったが、間違いなく彼。
「誰かと思えば久し振りだな! ヴァッサ!」
目の前に現れたヒーローは背後にいるボクの事に気付いてないのか、此方を一瞥もせず水城さんに向けて叫ぶ。
「ぶ、ブレイズライダー? 何でここに?」
ボクは、疑問の言葉を思わず口から零す事しかできなかった。
今回の話を読んでいただきありがとうございます。
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次回は来週日曜日の昼十二時投稿なので、読んでもらえたら励みになります。




