03 本当の神託の聖女
だけどこの後はどうすればいいの? 話しかければいいの? いや、女神さまは「我が神託を傾聴せよ」って仰った。ここは神託が下されるのを待つべきですね。
ところが神託が下されるのを待てない人が一人居た!
「女神様、もう大丈夫です! 神託はさっきアタシが受け取って皆に伝えたのでお帰りください!」
光り輝く女神さまは両手を握りしめて叫ぶカメリア様をチラリと一瞥するとその口を開いてイライラした感じで語りだした。
『あら、あなたはさっきの巫女? あなた、せっかく私が神託を与えようとしたのにサッサと私を帰らせるとはどういうつもり? だいたいあなた私が下した神託を正しく伝えたこと一回も無いよね?
今までは私を呼び出す為のパスコードに沿ってオルガンを演奏できる巫女はあなたしかいなかったみたいだけど、そこのお嬢さんは正しく演奏できるのね? 次からはあなたがオルガン演奏してくれると助かるわ』
女神様はニッコリと私に向かって微笑んだ。思わず私もニッコリと笑みを浮かべてしまいます。
一方、今までの行いを暴露されたカメリア様は再びお口をパクパクさせていらっしゃいます。思考がフリーズしているのかも……
『あ、そうそう、オルガンは出来るだけ上手に演奏してね? パスコードで必要なのは音の高さと順番だけだから。何カ所か音程が変なんだけどそれがパスコードだからしょうがないから……』
女神さまはそう言い残すとにこやかに微笑みながら次第にその姿を薄くさせて、やがて姿を消してしまった。
ありがとうございます女神さま、これで私の国外追放は回避できたはずです。
女神さまが姿を消した後。緊張とストレスから解放された私がホッと胸を撫で下ろして半分脱力している間に。
謁見の間に詰めていた王族や上位貴族の皆さんはしばらく唖然としてフリーズしていたけど、女神さまの仰った内容を理解しはじめると次々と声を上げ始めた。
「新しい、真の聖女様の誕生だ!」
「アリアンナ嬢は間違ってなかった、アリアンナ嬢に限って嫌がらせや意地悪なんかするわけないと思っていたよ……」
「女神様の神託を悪用していた悪辣な偽聖女だ! それに加担した取り巻きの神官たちも同罪だぞ……!」
ここで国王陛下のお言葉が。
「皆の者、静粛にせよ! ……いま女神さまが仰ったように今後はフローライト侯爵家令嬢アリアンナが女神様の神託を得る神託の聖女を務める!」
あら陛下、そんなこと直ぐに決めて良いんでしょうか……? カメリア様の取り巻き神官様たちの方をチラリと見てみると全員が顔面蒼白で床に崩れ落ちている。
カメリア様だけは強靭な精神力をお持ちなのだろう、お口をパクパクの状態から復活して未だに強い意志を秘めた精気に溢れた目で猛烈に抗議を始めた。
「そんな、国王陛下、横暴です! ウイリアム様! アタシを信じてください、本当の聖女はアタシなんです……!」
ウイリアム様は悲しそうな顔をしながらもテキパキと指示を出していく。
「衛兵、カメリア嬢と担当の神官殿達を丁重に尋問室にご案内してくれ。尋問は司法大臣が務めてくれ、キッチリと尋問してくれよ……神託の偽証罪である事は間違いない、何しろ女神さまの証言があるんだ。女神様は確かに『だいたいあなた私が下した神託を正しく伝えたこと一回も無いよね?』と仰った。謁見の間にいた者は全員証人だからな……?」
激しく暴れるカメリア様と魂が抜けたように脱力した神官様たちは衛兵に丁重に連行されていく。この人たちとは二度と会えないかもしれませんね、心の中でお別れを告げておきましょう、さようならカメリア様……
♢♢♢♢
謁見の間における騒ぎのあった日から一ヶ月後。
私とウイリアム様は王宮の庭園の四阿でお茶を頂きながらお話しをしていた。
もともと私と第一王子ウイリアム様は小さい時からの幼馴染であり、婚約者でもあった。王家とフローライト侯爵家の繋がりが強化されることによってラピスラズリ王国が従来以上に安定する、誰もが納得する婚約だった。
もちろん、私とウイリアム様の相性も良くて相思相愛の美男美女、理想的な婚約と見なされていた。
そこに突如現れたしたカメリア様。女神さまの神託を盾にウイリアム様に接近してーー遂に婚約者の立場を私から奪おうとしたのが一ヶ月前の謁見の間での騒動だったのです。
陛下もウイリアム様もカメリア様の神託は怪しいと思いつつもそれを証明できないまま、あの騒動の日を迎えてしまったという訳で。
でもカメリア様が謁見の間で余計なオルガン演奏のパフォーマンスをして音を外して「パスコード」を間違えて。
そして調子に乗った神官が私を煽ったために私でも「パスコード」さえ正しく演奏できれば女神さまの神託を得ることが出来るということが分かってしまった。本当にギリギリな所でした、一つ間違えれば私は国外追放されていたわけですから……
ちなみに謁見の間にいた人たちの中で私がオルガンで弾いた「パスコード」を記憶している人は誰もいなかったようです。高位貴族家当主ばかりだったからオルガンを弾ける人がいなかったから? とは思っていますがどうでしょうか。
だから現時点では「パスコードを使って誰でも女神さまの降臨が可能」というふうにはなっていません。陛下からは「パスコードは極秘として秘匿せよ」という指示もされていますしね。
私は今では「本当の神託の聖女」として教会で祈りを捧げています。ただし陛下のご指示によって今までとは違ってオルガン演奏を含めて完全に密室で行われる秘匿された神事となりました。
そして、パスコードを含む秘匿知識は今後は王家の中で一子相伝によって伝えていくことになりそうです……この意味でも私はウイリアム様と結婚して王族の一員となる事は確定と言えますね……コホン。
カメリア様は数週間に渡る尋問を受けた結果、オルガン演奏技術が衰えてしまいパスコードを再現できないというか忘れてしまったという事です。ホントはどうか分からないけどそういうことになってるみたいです。
そして今ウイリアム様はいつの間にか隣に移動していてカメリア様たちのその後のことを報告してくれています……
「アリアンナ、カメリア嬢は貴族籍を剥奪のうえ戒律が厳しいと評判の地方の修道院で一から修行することになったそうだよ」
「そうなんですね。でもカメリア様に修道院での修行が勤まるのでしょうか?……あの方は独特のお考えをお持ちでしたから」
「そうだね、彼女の場合は独特というよりも異常な……病気かな? でもカメリア嬢みたいなタイプの扱いになれている修道院らしいから大丈夫だと思うよ?」
「分かりました。カメリア様には元気に更生してほしいです。いつの日かお会いすることもあるかもしれませんね……」
「取り巻きの神官たちは偽証罪で教会から追放されたよ。でも彼らは貴族家の子弟ばかりだったから実家に帰って冷や飯食ってるらしいよ。路頭に迷っている訳じゃないから幸運なのかな?」
「それは良かったです。あんまり余計な恨みも買いたくありませんしね……不幸になる人は少ない方が良いですし」
私は改めてウイリアム様と顔を正対させ目をしっかりと見て話し出す。
「ウイリアム様、謁見の間での騒ぎの時、私は婚約破棄されてしまうのは諦めて観念していたんです。だけど女神さまのご加護があったのでしょう、婚約者のままで居る事が出来ました。嬉しいです……」
ウイリアム様は私を優しく抱きしめてくれる。
「僕の方こそ本当に申し訳なかった。カメリア嬢から『神託によると聖女が第一王子と婚姻して王妃にならなければ王国が滅びる』などと脅迫されたとは言え、アリアンナに悲しい思いをさせてしまった……」
事前に聞いていたとは言え大勢の王侯貴族の面前で婚約破棄されるという私の心の傷は意外と深かったけれど。ウイリアム様の優しさに包まれたこの一ヶ月間で随分と癒されたみたいに思えます。
「あの日の婚約破棄の筋書きはあらかじめ聞いていましたからそこまで不安では無かったのですが。カメリア様が突然私を国外追放してくれって言い出した時は本当にビックリして……」
「その時は僕も生きた心地がしなかった。あのまま国外追放には絶対させなかったけど、もしそうなってしまったら僕も王国を出奔しようと思ってたよ」
「そうだったの? ウイリアム様……カメリア様や取り巻きの神官様が私を煽ってきた時、ウイリアム様は私に必死にアイコンタクトしてくれて心強かったから。ありがとうございます、本当に嬉しいわ」
ウイリアム様は満面の笑顔になった。
「アリアンナにそう言ってもらえて僕も嬉しいよ。……実は僕とアリアンナとの結婚と僕の立太子を早めるよう父上にお願いしようと思っているんだ、アリアンナは賛成してくれる?」
ウイリアム様の嬉しい提案に私とウイリアム様は顔を見合わせて幸せな気持ちで一杯になりながら微笑みあったのだった。
完結しました。
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