2-1 宣言 其ノ壱
二週間後。
「招待が来た」
夕食中に、突然シラハ様は言った。
「……何のですか?」
「そこそこ離れた街の、『ラグジュアル家』からの晩餐会の知らせだ」
ラグジュアル家……、聞いたことない名前だ。まぁ僕はほとんど別の名家の名前なんて知らないけども。
「行くんですか?」
「どうしようか迷っている。他との交流も大事だが……、私は恐らくかなり若い方で、さらに私達の行いも何故か広まっているし、何か言われたら後が面倒なんだよな」
口元に手を当てて考える仕草をしながら、シラハ様は招待状をひらひらさせた。
今までこういう類の招待状が来たことは一度もなかったし、僕にとってもシラハ様にとっても初の体験になる。一度経験することも大事な気もするが、周りが少し怖いのも事実だ。
僕もこの街を出たことがないから分からないけど、他の名家が未知数すぎて、正直ここは僕だったらパスするかもしれない。
そうして二人して考え込んで沈黙が流れて数秒した後、
「行ってみてもいいのではないですか?」
と、サアカさんが口を開いた。
「……そうか?」
「はい。様々な話も聞けるでしょうし、損はないと思います」
そう言えば、サアカさんは他の街から来ている。この中で唯一他の街の知識があるし、説得力も高い。第一、年長者(僕とシラハ様は十六歳、サアカさんは二十二歳)。
「まぁそこまで言うなら一度くらい行ってみるとしよう」
「ちなみに、いつですか?」
「来週の火曜日だな。従者に関しては特に制限もないらしい」
シラハ様は僕らの方をチラッと見た。
「僕は行きますよ、仕事ですし。サアカさんはどうします?」
「それなんだが……」
話を遮ったのは、シラハ様。
「誰か一人は万が一の為に残っておいた方がいいんじゃないかと思う。要は、留守番だ」
「……承知しました。しかし、正直強盗に対抗できるような力は持っていませんが」
「構わん、一人いるだけで大分違う。もし本当に来たらお前の命が最優先だ。分かったな?」
「分かりました。しかし、任された身としてこの名にかけて家を守ると誓いましょう」
「ああ。無茶はして欲しくないが、任せたぞ」
月曜日。
「では、行ってくるとしよう。明後日には帰ってくるがな」
「行ってきます」
「はい。楽しんできてください」
サアカさんに手を振って、僕達二人は二日半の分の食べ物を持って歩き出した。
前日のうちに行っておいて余裕を持って到着する予定だが、移動に一日かかるので結局あまり余裕はない。
「さぁて……、馬車の準備は?」
「できてますよ。こちらに」
ギリギリ馬車の運転はできる。苦手だけど。
「じゃあ、早いこと行くとしよう。何時間ほどで着く?」
「十時間ほどですかね。夜には到着しますよ」
二人して馬車に乗り込み、僕は馬を走らせた。
パカラッと久しぶりに聞く音が鳴り続けて、車体が揺れる。
「シラハ様って馬車酔いします?」
「案ずるな、しない。サアカはするとか言っていたがな」
なら、この長旅にあの人を連れてこなかったのは正解かもしれない。
「ていうか、サアカさん酔うんですか? イメージ湧かないですね」
「私も思ったが、本人曰く一時間超えたらキツイらしい」
「十倍ですよこの旅……。本当に一緒に行かなくて正解だったかもしれませんね」
「全くだ」
……ここから十時間、何を話せばいいのだろうか。
「……何かします? ゲームでも」
「暇だろうしな。じゃあ、しりとり」
「しりとりですか。では、りんごで」
「大体の人が『しりとり』ときたら『りんご』って返すらしいが、もう少し他の単語はないのか? 理科、リレー、隣人とか色々あるじゃないか」
「……シラハ様、『隣人』だったらしりとりは終わりますよ」
「……今は関係ないだろう」
「いつか本当に『ん』で終わらせて自爆しそうですね……」
しかし、しりとりがそんなに長時間続くはずもなく、せいぜい十五分くらいには
「暇だな……」
と後ろから声が聞こえるようになった。
「本でも持ってくれば良かったな。ルクロ、持ってないか?」
「持ってきてないですね……。まだまだ先も長いですし、眠るのも一つでは」
「それもありだな。では、着いたら起こしてくれ」
前を向いていたから目を瞑ったかどうかは分からないが、口を開くことがそこから数時間に渡ってなかったからきっと寝ていたのだろう。寝ることができない僕は、ただただ無言で馬車を動かし続けた。
途中、街同士の門を通る時に門番の人と二言三言は交わしたが、特に知り合いに会うわけでもないし、馬と喋る趣味は僕にはないので本当に無言だ。
パーティーにはどんな人がいるのだろうか。多分、シラハ様の身分が普通くらいになる人達が来るんだろうな。というか、多分そういう人しか来ない。
でも、よくよく考えたらそういう人達って大人数の召使いとか護衛とかがいるんだろう。
招待状に『従者の制限なし』って書かれてたらしいし、一人当たりでも恐ろしい人数の部下がやってくるんじゃないだろうか?
途端に、ケンラン家部下として一人で乗り込む事実が不安になってくる。
こんなことならサアカさんも呼べばよかった。いくら何でも十六歳の召使いがいく場所じゃない。
……待てよ?
じゃあなんでシラハ様は、サアカさんを留守に残したんだ? 留守はそりゃあ大事だけど、正直いつも警備員なんていないんだし、いてもいなくても同じじゃないのか?
もちろん、多少は安全だろうけど……。
「着いたか?」
「うわっ!?」
静かな後方からいきなり声が飛んできた驚きで、思わず変な声を発した。
「どうしたのだ、驚いて」
「いや、不意に声が聞こえたもので……」
「ああ、そうか。で、あと何分くらいで到着するか?」
僕は周りを見渡した。もうすっかり暗くなっている。
時計を確認してみると、指していたのは午後七時二十五分。出発したのが午前十時ほどだから、ざっと九時間ほど経ったらしい。
「もうそろそろ着いてもおかしくない時間ですね。確かこの道を行けばラグジュアル家の案内人が立っていてくれているはずなのですが……」
言ったその時、前方に微かな光が見えた。
「あれじゃないのか?」
「あ、多分そうですね。行ってみましょう」
少し馬を歩かせて、その光の元へ行く。
「すみません。ラグジュアル家のパーティーに呼ばれたのですが、案内人の方でしょうか?」
二人の女性が、ランプを持って立っていた。
「はい、そうです。どちら様でしょうか?」
「ケンラン家です」
「えーっと……、確かに名前がありますね。では、案内させていただきます。私達について来て下さい」
馬車の中を覗いて少し驚いたような顔をしていた気がしたが、黙って二人は歩き始めた。僕は慌てて馬を歩かせ始める。
時間がかなり空いてしまってすみませんでした。